ご来店2組、午後は女子デモに参加

10時~名城大学附属高等学校の生徒さんがフェアトレードタウン運動をテーマに卒業論文するためのインタビューに、担任の先生とみえて1時間ほどフェアトレードの話をしました。授業で秋にみなさんの前で発表するのだそうです。最近は高校からの問い合わせが多いです。

生徒さんより 『たくさんお話を聞かせていただけて勉強にもなりましたし、もっとフェアトレードのことを知って、たくさんの人に広めたい、という思いになりました。』とメールを頂きました。

名城大学附属高校先生と

11時~九州は小倉市から小松さんご夫婦がご来店。奥様がアクアプランhttp://www.aqua-plan.biz/price.htmlを経営、ご自身がとても気にいって友達にも紹介していたのが始まりで、変身人形やお出かけリュックなど販売し始めたということで、立ち寄られました。 日本のフェアトレードの草分け的なウィンドファームが近いの紹介しました。

小松夫妻

小松夫妻

13時~6.20  阿部政権いかんがね 怒れる女子デモに参加。赤いものを身につけて参加。150名くらいの参加者だったそうです。同日東京で行われている「女の平和6.20国会ヒューマン・チェーン」に連帯するアクション。 病院のベッド数が削られる。軍事費は増える。女性の議員が半数は欲しいですね。

中日新聞6月21日第一面安保法案反対赤い波 女性の力で平和守る

中日新聞6月21日第一面安保法案反対赤い波 女性の力で平和守る

中日新聞は、一面に東京や札幌のデモも報じている

朝日新聞も、名古屋の女子デモを写真入りで報じている

      毎日新聞は、東京のことだけ少し掲載、名古屋は取材していない

            読売新聞は、まったく陰もかたちもないようだ

以下なふたうんのブログより  2015/04/15

4月14日の朝日新聞の天声人語の一部より紹介

『候補者は必ず男女ペアで立候補し、有権者はペアに対して投票する。

そんな制度がフランスで県議選に導入され、3月に選挙があった。

当選者が自動的に男女同数になる大胆な制度だ。

一足飛びとはいかなくても、これくらい柔軟な発想で政治の仕組みを考え直す時かも知れない』

一方日本での今回の選挙

投票率が5割を割り、戦後最低となったこの危機。

道府県議選では女性が207人の当選。

女性議員は27人増えたものの総定数に占める比率は9%という。

風”s 今日は何の日? ココアの日 20日はココアが10%OFF

風”s 今日は何の日?

ココアの日 20日はココアが10%OFF

第3世界ショップのココア

フェアトレード・オーガニック・ココア(低脂肪)

フェアトレード・オーガニック・ココア(低脂肪)

ココアトーストがお気に入りのゆっころん。

トーストして、オリーブオイルをかけ、ココアをふる。ベランダで草木を見ながら自家焙煎(我が家で生豆から焙煎=最近はまっている習慣)したコーヒー(もちろんフェアトレード)を飲む、この幸せな時間に感謝~~~~の日々です。

鉢植えの綿も双葉から本葉へ

土から新しい芽が次ぎ次ぎ、カボチャかな? トマトかな? スイカかな?

こんなに芽が出てきたら、お互いに困っちゃうかな~と思いつつ見守っています。

ここ20年、生ゴミは堆肥にしてきました。唯一マンションの外工事のためにネットがかけられベランダが利用できない時は、やむなく可燃物へ。 朝、生ゴミをベランダの土に戻そうと発砲スチロールの箱をかき混ぜていると、ぽわ~と温かい。 発酵しています。 発酵中の土を器に入れそのままにしておくと、土かさが減っていくのがわかります。 直径25センチの瓶が2週間ぐらいで4センチも下がった。 一生懸命、微生物が仕事をしています。

瓶ぎりぎりだった土が4センチ下がった

  瓶ぎりぎりだった土が4センチ下がった

工事中は太陽光パネルも使えず、つくづく太陽のありがたさを知る工事期間でした。

フェアトレード・オーガニック・ココア(低脂肪)

ドミニカ共和国で農薬や化学肥料に頼らずに栽培されたカカオ豆から作られたココアパウダーです。砂糖・粉乳を使用しない100%の純ココアのため、カカオ本来の芳ばしい甘い香りをお楽しみ頂けます。豊かなコクはそのままに、脂肪分を減らして、まりやかな口当たりにしました。

夏は、冷たい豆乳や牛乳とメープルシロップでアイスココアがいいですね~。

原材料名:ココアパウダー(ココアバター11%)

原料生産国:ドミニカ共和国

地球食 (株)プレス、オールターナティブPA   150g 本体価格600円(税込648円)

フェアトレード・オーガニック・ココア(低脂肪)

フェアトレード・オーガニック・ココア(低脂肪)

19日フェアトレード・ショップ風”sは、胡椒の日、10%OFF

日替わりで、フェアトレード・ショップ風”s の商品を紹介しながら10%割引をしています。

19日は胡椒の日!

クラタペッパーの黒胡椒 ←紹介はこちらから

名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会のHPより倉田浩伸さんのお話(2013年7月6日AIAにて)

http://www.nagoya-fairtrade.net/?p=10722

「GO!フェアトレード」でお話していただきました。

このフェアトレードのネットワークは多彩なメンバーが参加してくださっています。それぞれ分野での活躍を、会議の前半で皆さんにお話し頂くコーナーです。 1回目はクラタペッパー代表 倉田浩伸さん。

7月6日倉田浩伸2s

クラタペッパー:カンボジアでオーガニック・品質の良いコショウを生産・販売しているます。

『この仕事に就いたきかっけは、中学校3年生の時に兄を交通事故で無くしたこと。前日までケンカをして普通に話していたのに朝家を出て行ったっきり交通事故で亡くなってしまった。人が生きるってなんだろう、何のために人間は生きているのだろうと悩んだことに始まる。

その後、両親が気分転換に語学研修にいってこいとオーストラリアに出してくれた。あまり印象に残っていないが。一番印象に残っているのは帰りの飛行機がオーバーブッキングで乗れなくて帰り香港に一泊することになった。100万ドルの夜景をせっかくだから見に行こうと思い、ツアーでつれていってもらったときにその途中にスラム街を見た。初めて見た光景だった。それを横目に見ながら丘の上に上がっていって夜景を見た。夜景は人の生活の象徴だ。明るく栄えているところもあれば、通り道で見たスラムのように薄暗いところもある。その時に人の価値を考えた。

自分がもしそこで生まれていたら。生まれてくる環境が違うと人間の価値が違うのか。帰国後こうゆう環境で育ててくれてありがとう、このような環境で生んでくれてありがとうと泣いて両親にだきついてお礼をした。

私たち日本人は1時間働いて800円900円をもらえる。それが第三国に行くと1時間10円とか20円とか。同じ作業・同じ仕事なのにつけられている時間給が違う。それってなんだろうと思う。人が安いのか、と思った。雇用のチャンスが平等ではない。生を受けた場所によって与えられている機会が違う。それをもっと平たくできるような社会づくりをお手伝いできないかと思った。

アメリカへ留学した時に、湾岸戦争の時に、友達から日本はお金は出すけど人は出さないと言われた。彼らはドラフトで選ばれたら戦地に行かなければならず、それを嫌がっていた。たとえその友達がドラフトで選ばれようが選ばれまいが、自分は絶対に最前線で人的貢献をしてやる、とその時心に強く思った。

Killing fieldという映画を見て、同じ民族どうしがただイデオロギーの違いで大虐殺をしてしまったというものを見て理解に苦しんだ。どうして人が人を殺せるのか。中~高校生までカンボジアを研究していた。まずは戦場になって何もなくなったところに行ってそこの人々と共に何かできないかと思った。91年にカンボジアに和平が結ばれ、翌年カンボジアにNGOから派遣された。難民を新定住地に移動させることを行っていたが、新定住地には何もない。「ここでどうして生きて行ったらいいのか?」と聞かれた時に「頑張ってください」としか言えないもどかしさがあった。産業がとても大事だと痛感。

カンボジアのものを海外に出し、民間セクターが盛り上がり、地域の人たちが盛り上がっていく仕組みを作っていきたいと思うようになった。94年5月に会社を設立。初めはいろいろな農産物をやったがぜんぜん上手くいかなかった。コショウを世界に知らしめるようにしよう!と思ったが、カンボジアのイメージも当時は悪く、なかなか買ってもらえなかった。世界最高品質のコショウを作ろうと思っていたのにさげすまれたりもした。世界に広げるのはいったんやめてカンボジアに住んでいる外国人に広めよう、その人が持ち帰って口コミで広げてくれるだとうと思い、プノンペンで販売を開始した。ピースウインズさんにも注文をもらって卸で販売を行ってもらっていた。ただ価格が合わなくて今はやっていない。コショウ界のフェラーリになってやろうと!と思っている。1hから始まった生産が現在は5hになっている。

今はこれ以上広げようと思っているわけではなく、他の農家の人に来てもらって技術訓練をしてその人たちが自分たちの畑でコショウを育ててもらおうと思っている。農作物は価格が変動するが、たとえ下がっても一旦つけた値段いかにはせずに買取ろうと決めている。それが生産者の安定した収入につながる。

自分はフェアトレードと言わないと売れない商品の質じゃ嫌だと思っていた。正直あまりいいイメージがなかった。でも日本ではフェアトレードと言わないと埋もれてしまうと感じた。生産者の生活を守るためにもきちんと、背景を訴えて消費者に知ってもらうことが大切なんだと日本に来て知ることができた。日本で消費者の同行などを教えてもらいながら、生産者と消費者がもっと世界を超えてつながっていくためにどうしたら良いのかを一緒に考えていきたい。

ファンケルがFTをうたった商品を販売し始めている。そこが第二弾としてコショウを取り扱ってくれるようになってきた。売り上げの一部がカンボジアのカモノハシプロジェクトの運転資金として寄付されることになっている。一粒で二度おいしい商品になっている。30gで700円。当初はカンボジアだけの販売、その後ヨーロッパに広がっていった、これからは日本で広めていきたい。愛知県を中心としてマーケットを開拓したいと思っている。今後もどうぞよろしくお願いいたします。』

クラタペッパーの黒胡椒

”過去に世界一美味しいと言われていた胡椒  

              もう一度世界中の人々にみとめてもらえるよう。”

 

クラタペッパーHPより

クラタペッパーHPより

中世から、60年代まで「 世界一おいしい 」と
言われていたカンボジアの胡椒。しかし内戦に
より生産量は激減してしまいました。

その胡椒をもう一度「 世界一」と呼ばれるよう、
古の時代よりカンボジアの農家に先祖代々伝わる
自然農薬・自然肥料を使った伝統的な農法にこだ
わり、1997年よりカルダモン山脈の麓で現地
の人々とともに栽培致しております。

カンボジア胡椒独特のフルーティな風味を是非
ご賞味ください。

粒黒胡椒 30g本体価格 700円

ペッパーミル(アクリル制) 本体価格 1000円

★三人のお子さんのお母さん「クラタペッパーの胡椒で料理したら、子どもたちは胡椒が好  きになりました~。」

フェアトレード・ショップ風”sでは、2014年2月から取扱していますが、ファンが増えています。

フェアトレード・ショップ風”s(ふ~ず)の土井ゆきこ、ゆっころんです

フェアトレード・ショップ風”s(ふ~ず)の土井ゆきこ、ゆっころんです。

手書きゆきこss

1966年5月30日に、愛知県女性総合センター(ウィルあいち)1Fにフェアトレード・ショップ風”s (ふ~ず)を開店して二十歳になりました。

2009年6月7日に「GAIA(がいあ)の会」を母体に「名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会」(略称なふたうん)をたちあげてからは、「なふたうん」のブログを更新してきました。

しばらくお休みしていた、フェアトレード・ショップ風”sのHPブログを再開します。

1996年にオープンしたころ毎月発行し郵送していた「風のたより」もウェブ上に掲載されてからのものも「ゆっころんのブログ」にあります。

風”sのあゆみを「風のたより」からも知っていただけたら幸いです。

店での日々のできこと、産品の紹介しながら

企画の紹介などは「なふたうん」ブログと連携しながらお知らせします。

このHP再開は、ゆっころんが昨年2014年11月21日~2015年3月5日にかけて南周り世界一周をピースボートでした時に、出会った「コムニカパソコンラボ」さんに声をかけて頂いたことがきっかけでした。もうじき3ヶ月の船旅を終えて下船する数日前、いつものように夕食後甲板を夕暮れ時を楽しみながら歩いていた時に、中谷さんから声をかけられ、話をしていくうちにHP再開までつながりました。

イラストは、2008年北回りのピースボートに乗船した時から風”sのスタッフとして参加してくれていた、みんなに、みんなに愛されたさきちゃん。今はパートナーと新婚旅行代わりか、世界旅行へ旅立ちどこにいるのかな~?

ということで、フェアトレード・ショップ風”sをこれからもど~ぞよろしくお願い申し上げます。

世界一貧しい大統領、南米のウルグアイのホセ・ムヒカさん

4月9日の中日新聞の「中日春秋」に載っていた、

世界一貧しい大統領の愛車をアラブの富豪から驚くべき値で譲ってほしいとの申し出があったそうだ。

南米ウルグアイの大統領のホセ・ムヒカ(79)さんは、公邸には住まず、報酬のほとんどを福祉のために寄付し、郊外の質素な家で妻と2人暮らし。

2012年にムヒカさんが国連の「持続可能な開発会議」で行った演説が、その人生哲学を如実に示している。

「貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、かぎりなく多くを必要とし、もっともっとほしがることである」 こんないにしえの賢人の言葉を引きつつ、彼は訴えた。

水不足や環境の悪化が、いまある危機の原因ではないのです。ほんとうの原因は、わたしたちがめざめしてきた幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方なのです。」 (『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』汐文社)

ムヒカさんは結局、「車を買う時に、お金を出し合ってくれた友人たちを 裏切りたくないから」と愛車を売らなかった。いきている限り、傍らに置いておくそうだ。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::以上一部紹介

幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方でそれを見つめるためのきっかけ作りがフェアトレードと私は考えています。

今年の1月10日にモンテビデオの首都ウルグアイを訪ねているので、世界一貧しい大統領の話を聞いたことを思いだしました。 訪問先はNGO[セプローディ」、貧しい女性達を職業訓練などをして自立をサポートしている団体です。

セプローディでの、バッグの製造を説明するアドリアナさん

セプローディでの、バッグの製造を説明するアドリアナさん

マラカスにするひょうたんにペンティングをするワークショップをしたり、「セプローディ」の事務所での本場タンゴのダンスを見せてもらったりして交流してきました。
IMG_2287タンゴ

尋ねたのは1月だったので、市民はビーチへ夏休みで行っているということでした。

「2月のカーニバルは世界一長いことで有名。 人口の12%は貧しい国。政権は左翼が続いていて、世界のなかでも民主的なことで知られている。 都心部では貧困はみられない。300万人はモンテビデオに暮らしている。先住民のいない国。スペインやイタリアからの移民が多い。」ということでした。

インドネシアのフローレス島に行き、カカオの生産者さんたちと交流。8月2日

2月14日中日春秋50-50

テオブロマ・カカオ。ちょこれーとの原料カカオの学名だ。テオブロマとは、「神々の食べ物」の意。……….そんなチョコは買って本当に神聖な食べ物だった。原産地の中南米で栄えた文明では、豊作を祈るため、神に捕虜を生け贄として捧げれば、その心臓がカカオの実になると信じられていた。

カカオは通貨の役割も果たし、豆100個が奴隷一人に値した。あまりに貴重名ため、収穫にあたる農民ですら手をだせなかったそうだ。……2月14日中日春秋より

インドネシアは、コートジボアール・ガーナに次ぐ世界第3位のカカオの生産地。

今回は、第3世界ショップの現地集合のツアーに参加、カカオの生産者さんたちと交流してきました。

::::::::::::::::::::::::::::::: 報告書 :::::::::::::::::::::::::::::::

カカオ生産とイカット織りのフローレス島

名古屋 フェアトレード・ショップ風“s 土井ゆきこ

7月31日~8月6日まで、インドネシアのフローレス島を尋ねました。

カカオの生産者さんに会いたかった。

カカオの木に実がなるのを実際に見たかった。

カカオの生産の過程を見たかった。

イカット織りの現場を見たかった。

そして、第3世界ショップの国境を越えて共に地域づくりに参加するフェアトレードに興味を持ち参加しました。

深夜着や現地集合の不安があり、友人を誘っての参加。名古屋の中部国際空港へ着いた時はほっとしました。本当に友達と一緒でこころ強かったです。フローレス島に着くまでにも、帰途の広州乗り換えの時も、飛行機が定時に飛ばず、出発するまでの待ち時間がそれぞれに4時間前後あり、何が起きたのかわからないような状態で、ただ待つだけのことが2度ありました。

062お迎え15s1

8月2日のフローレス島のカカオの生産者さんたちとの交流では、イカット織りのスカートを身にまとった女性達が出迎えてくださり、その姿にわくわくしました。頭にバンダナのようなものを巻いた男性が、ココナッツの実に水を入れ、その水を葉っぱで訪問者に振りかける伝統的な儀式による出迎えも受けました。

出迎えてくださったのはエドゥ(男性)さんのグループと女性団体マザース・ラヴの 30人、そしてお揃いの服(制服かしら?)を来た子どもたちの歌声。とても素晴らしい声でした。環境がいいと、声もよくなるのかしらと思うほどでした。

地区の代表の人の挨拶に続き、エドゥさんによる、「カカオの樹の学名はギリシャ語で“神の贈り物”という意味を持ち、 1688年にマダガスカルのファーザ・ボレンの手によりこの地に着いた。」という説明に始まり、最近の環境の変化を聞いたところ、「環境の変化で害虫の被害も多い。温度は30度が上限だったが、37度までいき、冬は雪が降った。気温の変化による健康被害もあった。」というお話を聞きました。世界各地で地球環境の変化があるのだと思いました。

交流タイムでは、カカオを使ったサーターアンダーギー(揚げ菓子)を一緒につくり、その材料を併せた小麦粉を寝かす時間を、「踊りましょう!」と呼びかけ、みなさんとダンスに興じました。言葉は通じなくても、踊れば笑顔がはじけ、心も通じます。手をつないで輪になって踊った、その体験はず~っと心に生き続きます。

女性達のヘアースタイルも型があり、アップに結い上げドーナッツのような毛束が乗っているスタイルです。私も民族衣装を着せてもらい、両手に腕輪をいっぱいして、ヘアースタイルもアップに結いあげてもらう素敵な体験もしました。

寝かせた小麦粉を丸めて揚げ、美味しいカカオのサーターアンダーギーを頂いたあとは、家の周りにあるカカオの木をみて、これもわくわく! 小さい白い花もみつけ、ニヤッ。「来た。やっと来た。」という感じでカメラに納めました。1日だけの交流だったので、カカオの実を採集したり、発酵するところなど、カカオの実の乾燥までの手順を見ることはできませんでしたが、カカオの木の中に入り込んだ体験は貴重でした。

もう一日、カカオの実の採集や発酵や乾燥などの流れがわかる体験や、カカオ屋台での販売などの現場も見ることができたらいいなと思いました。

フローレス島滞在3日目の朝訪問した市場は、氷などなくても新鮮なカツオやマグロがならび、活気あふれる地元の様子もみることができました。

滞在したホテルでは毎朝、日の出前から海岸に行き、消えゆく星、明け行く空、登る太陽を楽しみました。

4日目の小学校訪問では、日本からのお習字の授業も見たかったのですが、折り鶴をみんなに教えながら各教室を回り、熱烈な歓迎を受けました。最後のサイン攻めは楽しい思い出です。子どもたちも「日本」を意識してくれることでしょう。人と人の交流の良さですね。

こんな時間を作って下さった奥谷京子さん、ヤコブさんありがとうございました。スージーさんはじめ現地の人々、参加者の皆さまにもお世話になりました!

アフリカ タンザニア キリマンジャロ麓のルカニ村へ行ってきました。9月12~22日

タンザニア ルカニ村から見たキリマンジャロ山

タンザニア ルカニ村から見たキリマンジャロ山

2013年9月21日 Emirates機中にて

2013年9月22日14時15分、やっとここまで戻ってきたという感じ。あと3時間。お陰様で無事アフリカの地、タンザニア、首都ダルエスサラームから車で、12時間のキリマンジャロ麓の村を尋ねることが出来ました。

今回は、首都でフェアトレードの店に行くことも出来ました。マサラ族のビーズ製品がかわいいです。

コーヒー生産地のルカニ村での報告は順次ブログと一緒にお知らせする予定です。
今回のツアーは待ち時間含め、往復で4~5日間かかるようなはるかな地への旅でしたが、ルカニ村滞在中の4日間は、スローな時間でした。
スワヒリ語も少し覚え村人と挨拶もでき、キリマンジャロの頂も、はじめの2日間、夕刻にはクッキリ見ることができました。4日いても見ることが出来ない人もいたようです。

ルカニ村最後の朝は、6時集合でキリマンジャロの見える小学校の芝生広場に行き、キリマンジャロコーヒーを飲もうという企画を今回の参加者(学生6名含む8名)がしました。広場に着いた時は、薄っすら稜線は見えましたが、あっという間に霧の中。それでも熱いポットのお湯でキリマンジャロコーヒーをいれてみんなで飲みました。村人はコーヒーを飲む習慣はないようです。

1杯のコーヒーがいかに手間や時間をかけて届けられるかを実感して来ました。美味しいコーヒーを飲めるように、またフェアトレードのコーヒーにより、生産者の人達が安心して暮らせ、地球環境も守ること出来ることを伝えて行きたい。

古くて新しい1杯のコーヒーの物語を伝えて行きたい。 アサンテサーナ!

224コーヒーとり村の女性10s

ブ-タン東部GNHツア-2012・冬 11月18日~26日参加

辻信一、ペマ・ギャルポと訪ねるエコ・スピリチュアルツア-に参加してきました。

ブ-タン東部GNHツア-2012・冬s

11月26日、ブータンから戻りました。
今回の旅行は、南米エクアドルの先住民族に伝わる「私のできること」の話を日本に紹介した辻信一さんのツアーです。

東ブータンのチモン村を訪ねるこの旅は、タイからインドへ入り、インドから車で国境を超えブータンに入りました。おそらくこのルートでブータンに入った旅人は、しかもチモン村に行くツア-団体の旅人は初めてです。
チモン村の女の子s

チモン村は、今回のツアーの案内人ペマ・ギャルポさんの生まれ故郷で、山々に囲まれた盆地のような所です。

辻信一、土井ゆきこ、ペマ・ギャルポ

辻信一、土井ゆきこ、ペマ・ギャルポ

国境近くで、一晩泊まり、翌日バスに一行14人は昼食後、ペマ・ガッツェル県へ、車で5時間。国境を超えて遥か向こうに見える山並みに向かって走り、山に入りドンドンドンドンドンドンといくつも山の中を走った。初めは太陽が暑かった。だんだん日傾き、山の端に太陽が沈むとくっきりと稜線がオレンジ色に染まった。

歓迎1s

村人達が10数人道端でゴザをひいて待っていた。お供えなどもあり、コップを渡され、トウモロコシのお酒を注がれ、紅白の茹卵を差し出されるおもてなしを受けました。
この村人たちは、チモン村を訪ねる私たちの事を聞いて歓迎してくれたのです。

この歓迎の前の30分くらいは、道が木や石でふさがっていてブルトーザーが取り除くのを待っていて、出発したら村人達が待っていた。同じように 待っていてくれたのです。いつ来るのかわからない
ような私たちを待っていてくれたのです。

しばらく車で走ると、やっとチモン村の神社までたどり着きました。また村人達の歓迎を受けました。同じようにお酒と卵とミカンとバナナで。

さて、その神社の下に見えるのがチモン村。荷物は村人に運んでもらいながら30分ほど下って行くと、また30人近くの人がでむかえてくれました。ペマのお兄さんも先頭にいました。ブータンの民族衣装を着た人たちです。ここでもゴザをひいて、お供えや花が飾ってあり、またお酒や、卵、ミカン、バナナなど振る舞われました。

歓迎3s

ここが私たちの行く手のチモンの人々と思ったら、また途中の村人達で、さらに歩いて目的の村人に着きました。当然歓迎があります。お酒と卵とミカンとバナナとピ-ナッツ。

旅人を迎えると御利益があるという話も聞きましたが、村人総出での歓迎、準備からいつ来るとも知れぬ私達旅人を待ってまってくれたのです。

こんな感じで、出発から3日目の夕方に電気のない山里の村チモン村にたどり着き、2日間泊めて頂きました。
生活の原点を見ました。人々のつながりの原点を見たように思います。
また、今回の旅の大きな目的は、チモン村でオ-ガニックコットンの栽培を復活して、フェアートレードで現金収入をえることができないかというプロジェクトの始まりでもありました。

道ができ、私達も訪ねることができました。もうじき電気も来ます。村は市場経済に飲み込まれるでしょう。
自給自足で暮らしてきた村に、大きな波がやってきます。若者達が町に出て、過疎化するのが見えています。

その前に文化を、村の生活が存続するため、文化継承のために必要な現金収入が得られないかと考え、辻さんが今年3月オ-ガニック綿花栽培の提案をしたことから始まったプロジェクトです。
小さく、顔の見える関係でこれから進んでいくこのプロジェクトの始まりに出会えました。貴重な機会を得ることが出来ました。

お祭りには、民族衣装ででかけ楽しみました

お祭りには、民族衣装ででかけ楽しみました

また順次報告します。