昨日12日見た映画は 韓国の詩人 「空と風と星の詩人 ユン・ドンジュの生涯」
彼は、日本の植民地時代に日本に留学
幼馴染と一緒だったのでその彼との関係で共に監獄へ
そこでは韓国の囚人達に塩水を血液に注射器で入れられる人体実験
28歳で獄死。
名前を日本名に改名させられたり、
沖縄、北海道、オーストラリア、

昨日12日見た映画は 韓国の詩人 「空と風と星の詩人 ユン・ドンジュの生涯」
彼は、日本の植民地時代に日本に留学
幼馴染と一緒だったのでその彼との関係で共に監獄へ
そこでは韓国の囚人達に塩水を血液に注射器で入れられる人体実験
28歳で獄死。
名前を日本名に改名させられたり、
沖縄、北海道、オーストラリア、
11日夜にみた映画は「ふるさと津島」 福島県浪江町津島。
原発事故で帰還困難地区になり、今は動物たちに荒らされたり、
映画は1軒ずつ空から写し○○邸と、
祭りも継承出来ない、
津島の人はふるさとを返して欲しいと裁判を起こしている。
暮らしのなかの言葉・文化が大事だとつくずく思う。
3月10日の講演 「広島と原爆・伝えたい10の事実」 広島平和文化センター元職員の人の話
印象に残ったのは ・原爆を日本に落とし、実験 したかったので、
つまり人体実験などの目的 実体を知らせないように非人道性を隠し情報を独占したことは知ら
治療せず観察する 原爆傷害調査委員会(AB C C)を広島・長崎に設置
原子爆弾災害調査団の資料は28年後に日本で公開された。
原爆死没者慰霊碑 は ザ メモリアル モニュメント for Hiroshima 他の世界遺産のドームや記念館、記念碑も アトムは記されてない。
人身売買の話
コロンビアの女性が池袋で被害にあった話を PBのスタッフがコロンビアの本屋で偶然見つけたYAKUZAの
それは人身売買な被害にあった彼女自身の手記でした。
PBの彼女が翻訳してやっと出版にこぎつけた本 その講演あと 夫が本を購入した(私はつらい本だとわかっていたので購入せず)ので読みました。とても辛い内容でした。
以前 人身売買のDVDを名古屋YWCAで 「人は売り物ではない」と行動している団体の代表の話を聞き、
その人達を助けようとしている人達がいることを 拠り所としてなんとか読み終えました。
10年くらい前のこと。 その本は世界でのできごとでしたが 今回は、池袋や新宿でのこと。 日本の取締る入管とヤクザが取引をしている話もショックでした。
サモアへ行く前の説明会で、サモアの女性の自立をサポートする団体がフェアトレードをしているとの話で、フェアトレードってな~に?という声がちらほら
また船で仲良くしてもらっている人からも話が聞きたいと言われていて
フェアトレードの講座開催(自主企画) を3月9日に急遽企画。
時間枠が短く、削りの意削って40分くらいでまとめた。
「聞きにいけてよかったです。実際に足で運んで見て聞いてきたゆっこりんのお話、胸に響きました」とコメントを寄せてくれました。
この運動を知ることで 消費について、貧困に加担している消費について考えることで、
ココナッツの実を細かくおろしたものを鉄板の上で乾燥させて絞る。純粋な製造過程で作られたオイルは、フェアトレードで輸出されていた。
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3月4日サモアの港アピアを出航 横浜目指してます。
最後の寄港地のサモアでの「
サモアは、太平洋で一番早く独立した国です。
若者たちのパフォーマンスも素晴らしく、伝統料理=
そこはNGO「ウーマン・イン・ビジネス」
交流タイムの日本側62名は、
この旅の最後の交流プログラムが充実していて ラッキーでした。
12月21日から始まった時差調整 1時間マイナス
それを24回マイナスして帰国する日には日本時間になる。
3月1日はその調整で1日なくなるというわけ。
船旅のよさはいろいろあるけど、時差ぼけが生じないところもその一つ
夕ラパヌイ(イースター)島の沖合から2月27日寄港するタヒチに向かい一路進んでいます。
2月21日からやっと日々の便りが書けるようになりました。当初更新できなかったのがこのブロブ制作でお世話にんったコムニカさんより、サーバーに「国外IPアドレスからのアクセス制限」がかけてあったとのことで解除して3か月船旅の後半になりやっと使用可能になりました。
ぼちぼち今までのまとめを報告してゆきます。
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モアイの「製造工場」ラノ・ララクの山付近
15体モアイのあるアフ・トンガリキ共に
国立公園となっていて遊歩道をはみ出してはいけないし、 15体のモアイも近くまでは行けない。
世界遺産にもなっている
観光ガイド付きでないと見る事は出来ない。
ラノ・ララクの岩山でモアイを作り、
1000体くらいつくられたらしい。
倒れていたモアイ15体を大型クレーン車で持ち上げ今の状態にし
大型船を着ける港がないからチリの海軍の船を使って特別に島へ輸
チリからの許可が降りるまでにも数年かかった。
TV番組で倒れていた モアイを見たクレーン社の社員が(
社長にモアイを起こしたいと持ちかけたことから始まり、
数年かけて15体のモアイが起き上がった話。
一方
ラパヌイにも先住民の人達がイギリスの会社に50年近く奴隷のよ
2回 (1回目のリーダーは女性)