=2025年1月31日(金)ウシュアイア (アルゼンチン) ★パタゴニア自然ドライブ ヤマナ族=119ピースボートクルーズ便り

2025年1月31日(金)ウシュアイア
(アルゼンチン)
★パタゴニア自然ドライブ ヤマナ族

美術館にてヤマナ族の説明

1月31日 ウシュアイアから夫はペルーへと飛びたち

私はパタゴニア山岳地帯のドライブツアーにいきました。

バスが走った道路は、アラスカまで続いている。

日本人が8年かかって歩いたという。

アンデス山脈を超え、氷河が1万年前から温度が上がり、1年1ミリ溶けできたエスコンディド湖に行きました。雲空なので湖の色もさえずちょっと残念。

博物館で知ったヤマナ族という先住民は、あの寒い地域でほとんど裸という暮らしだったという。

雪や雨、川での、魚取りなど服をきていたら乾かすのに時間がかかる。焚き火🔥で肌を温めた方が早かったから? というような説明

人の成しうる不思議

119ピースボートクルーズ便り=2025年1月18日「アマゾンの森と先住民 生存の権利と森を守る戦い」

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★「アマゾンの森と先住民 生存の権利と森を守る戦い」

2025年1月18日アマゾンの森と先住民 生存の権利と森を守る戦い
2023年7月24日~28日 先住民族大集会 54民族1000人
呼びかけ人 ラオニ・メトゥティレ  2019年20年のーべる平和賞候補最終段階まで
92~93歳(推定)
ブラジルには305族民族が暮らしている
若者のメッセージ 自分たちの暮らしを守るだけのことを言うのではなく気候変動・生物多様性
など地球規模の問題を語る(タイリ・テレーナ)
世界人口の5%が先住民族 そのエリアは全体の80%の生物の存在があり
ゆえに先住民の森の暮らしが続けられれば、地球の環境が守られる
2023年は記録的極暑 進行する高温化、乾燥化(ブラジルの北東は砂漠化)
1961年~2020年で最高気温が3度C上昇
2023年9月~11月 2024年9月~11月 アマゾン川大旱魃
ブラジル北東砂漠化ネグロ川 川底見える 大量に魚の死骸 川イルカ(ピンクイルカ)大量に死
ブラジルの6つのバイオーム(生態郡系)アマゾン・サバンナ・バンタナル・パンパ・マタアトランチカ(大西洋岸森林)・カアチンガ(季乾 地帯)
サバンナ(肌色のところ) 70年前から穀物栽培 大企業の栽培 日本のODA農業開発
大豆開発 次第にアマゾンの方へ北上
先住民 169万人(ブラジル進行の0.83%)民族の多様性 305の民族 274の言語
ありがとうのことばは無い カヤコ族 メイクーレン(ありがとうの意味)
他の民族  イカトネコポイ アウイリ ウラハレ
アマゾン地域の保護区の森 国土の13%(議会の多数決で変えられる 開発など)
自然保護区 先住民族保護区(ピンク) 憲法で保障されている 255の地域未認証
1988年 10月5日施行 新憲法 2年間の話し合い先住民も草案提出 主張が政府に受理された
“森の民”がブラジルの先住民族であると法的に初めて認め、先住権と占有権、独自の文化を保持する権利を保障
日本では2019年にアイヌは先住民と認められたが、先住権(土地への権利、サケ漁などの権利が求められていない) サケはアイヌの神事に欠かせない。政府に申請しないとサケ漁ができない。そのことに抵抗して神事に酒を無許可で神事をした人の映像を土井が最近見た(12月)。彼は逮捕されなかった。それはもし逮捕されたらニュースになるから。
先住民族のILO(国際労働機関)「独立国における原住民および種族民に関する条約」条約165条日本は未批准 ブラジルは2002年に批准
8月9月の乾季 多発する森林火災 何キロメートルも煙の帯 雨期の1月2月迄燃え続ける1985年→2023年
乾季の終わりに火事はなかった
乾いた熱風が保護区に吹き込んでくる
極度の乾燥と砂塵  湿度18& 温度40~50度C 枯れ葉は歩くとバリバリ、手でつかむと粉々
アマゾンの破壊行為 90%違反行為
違反:金採掘・農場不法選挙・木材伐採・密猟・蜜魚、
火をつけて肉牛牧場に。アマゾンにおける農地の80%が放牧地、ヘルシーな赤みのグラスヘッドビーフとして評価、世界最大のハラルミート供給国
大豆と綿花の2毛作 アメリカと並んで大豆の生産地
以前は大豆は作っていなかった 大豆 搾って油にして 搾りかすを家畜の餌
開発:アグリビジネス・地下資源開発・水力発電開発

ボルソナル大統領は自由経済促進 取り締まらない 野放し状態
600haは小規模 1000ha以上が大規模農家 365日24時間放牧 1頭当たり1ha
数千頭かって(5000ha)飼って利益が出る
牛1頭10万円(500ドル)以下 大規模でないと成り立たない
アマゾンにおける農地の20%が大豆を中心とした穀物栽培
・ブラジルは世界最大級の大豆生産国(世界の37%を生産)
・全国の大豆栽培面積のうちアマゾン地方に占める割合

シノッピ 1973→2023
自然発火ではない 人が起こす火事
敷地の80%は残さなければならないのに違法伐採・違法野焼き
金の違法採掘と水銀汚染ブラジルの輸出品はどこへ
トウモロコシ、牛肉、大豆、アルミニウム、鉄鉱石、
「消費者の責任を果たしてほしい」 先住民は訴える 大地の使い捨て →砂漠化
誰が、どこで、どんな暮らしをして、作っているかを知って購入する消費者となる
正にフェアトレードの求めるところと同じだと思いました。

119ピースボートクルーズ便り=2025年1月9日(木)ケープタウン (南アフリカ) ★タウンシップ

2025年1月9日 ケープタウン
「タウンシップ・ランガ地区へ」というツアーにバス2台90人参加
ランガ地区は、ケープタウン最古のタウンシップ(アパルトヘイト時代の黒人居住地区)
話題の観光名所へ変貌させることで雇用を生みだす社会的事業が展開される場所で
非常に面白い体験をした。

一般に入れないタウンシップで地域おこしの活動をしている団体
NGO「Ikahaya・le・Langa」がある。
ジャマイカ系イギリス人トニー・エルビンさんが代表 ランガ地区で生まれ育つロンドン生活あり

パス博物館にて
劇があるとは聞いていた。前もって大声を出すとか暗いとか参加型の劇とは聞いていた。
ドアからバス1台分40人が暗いが狭い部屋に入った。真っ暗だった。

突然ターバンを巻いた黒人女性が荷物をかかえておびえた様子でしゃがみ込む様子が見えた。
向こうには牢屋の窓のような扉が開いてパタンと強くしまった。私たちは牢屋の中にいる様だ。

その窓の横のドアから白人の男性が入ってきて、おびえる女性を引っ張り出した。そして私達参加者の女性・男性一人ずつも引っ張りだされた。

二人は何が起こったのかわからなかったと思う。取り残された私たちも何が何だかわからなかった。出されて法廷のような机が正面にあり、左側には書記と思われる黒人の女性がタイプを打っていた。その迎えには被告人のような感じでターバンの黒人女性と日本のツアー参加者二人の計3人が座っていた。

残った私たちは、うながされて裁判の傍聴人のように並んで椅子に腰かけて見守っていた。

裁判官が書記から渡された訴状のようなものを大声で読み上げた。その都度 ターバンを巻いた女性はおびえてちじこまり震えていた。女性を取り立てていた男性がこん棒のようなもので時々激しく木をたたいて脅してる音が響き渡る。

身分証明書のパスを所持していなかったことで追及されている場面とあとで解説があった。日本の女性は黒人のバーで飲んでいたことが訴状の理由。男性も何か罪があったが白人部類(日本人は金持ちだから黄色人種でも白人部類の区別)だから釈放される。

という劇を、実際に所在した裁判所で(と言っても小さな建物)劇が行われた。
裁判官は白人。黒人を荒々しくとりたてた人は白人か、白人に雇われた黒人(黒人の間では疎まれた)かも知れない。
パスと言われる身分証明書の交付は告知もされなかったようで、書類告知があっても読めない人が多くわからないままに捕らえられたりした人は日に50人くらいいたという。

「パス博物館」と言っても裁判劇が行われた部屋の周りに時代の流れなどパネルが英文で展示、実際のパスも展示されていた。

このような事情をただ説明を聞くだけとは違って。突然その劇中の人となって市の当時の様子を見せてあとで説明をするという手法に感動にちかいものを感じた。
また
そのあと、歩いて90人が食事するところへ移動するのだが、途上国でよく見受けられるゴミの散乱している道を歩いていく先に、レストランがあるとは思えない。
しかし他の途上国の貧困地帯とは違って、途中には壁に描いた大きな絵画があった。芸術や音楽など文化を取り込む活性化の様子がうかがえた。

さてさて 普通の家のようなところからジャンベ(アフリカの太鼓)やバラフォン(木製楽器)が盛大に鳴り響いてきた。歓迎のアフリカ音楽だ!
入口は普通の家くらい、奥行がある家の入口で7人くらいの人演奏していた。嬉しかった! 最高!
中は室内装飾も含めおしゃれな感じで、2階もあり、なが~いテーブルに食事の用意がされていた。

グラマーのおばさまが「私が料理を作りました」と登場。
みな、バイキングのように取り皿へ料理をのせ席に戻り頂いた。心のこもった料理でどれもおいしく、カスタードクリームのかかったプリンのようなデザートもおいしかった。

食事は誰が食べるのかを想像し、喜んでもらえるような気持ちがこもった料理は心に響く感じがした。まさにこの時の料理はそう思う。

そして食事も後半にさしかかるころからアフリカ音楽を思いっきり表現するソロのバラフォン演奏やドラム演奏を堪能。
思いもよらぬ音楽と食事に「参った~!」

そのあとの団体先訪問でも子供たち輪に入り一緒に踊ったり、子供らの超躍動する踊りに拍手を送りアフリカを満喫する訪問でした。貧しい地区の中での雇われるだけのことを考えず起業する力を学ぶなど、人と人との交流のある観光から地域活性化を進めている活動に触れることができました。
いつもツアーのあとにあるアンケート6項目ぐらい5段階オール5にして投函。引率のピースボートスタッフに廊下で出会った時にもありがとうとつたることができた。この団体との付き合いは6年前という。

10年前の乗船の時は、やはり黒人居住区の若者たちが音楽で活動する団体がアジア地区から乗船しケープタウンで下船。その間 演奏会をひらいたり、参加者とアフリカの歌を踊る講座やその発表会にも参加したことを思いだしました。アフリカの芸術は魅力的です。