ゆっころんのブログ

2017年8月15日 平和憲法70周年の終戦記念日 「共滅の危機を平和と共生の未来に変えるために」

NGO非戦ネット事務局より

2017年8月15日「終戦の日 」、国際協力に関わるNGO(非政府組織)77団体が参加するNGO非戦ネットは声明「共滅の危機を平和と共生の未来に変えるために」を発表いたします。

本声明では実際に国外で、国際協力や国際交流活動を行うNGOとしての立場から、
・「日本を戦争ができる国にするための動き」に対しての危惧
・日本国憲法の理念がNGOの活動を支えてきたこと
を訴えております。

声明の全文、PDFは公式サイトとFacebookにてご覧になれます。
http://ngo-nowar.net/2017/08/15/seimei/
https://www.facebook.com/ngonowar/

野入日記170814 とんぼが飛び交う庭にて&星野道夫

お知らせ……フェアトレード・ショップ風”s正文館店のお盆休み 8月11日~15日まで

昨晩もはやく寝たのに起きるのは遅く7時過ぎ、庭先の畑を見にゆく。スイカは計7つくらいあるようです。拳くらいのスイカは首がおれた感じで、昨日テープでとめておいたけので今朝はまだ命がつながっているようです。どこまでつながるかな~?

ゆっくりした朝は、コーヒーも煎ったあと、外で山々をみながら挽いてみると、トンボが10匹くらい飛び交っていた。秋がそこまできている。確かにキュウリもミニトマトも盛りはすぎた。

それにしても昨日の腐ったスイカ騒動は、私の味覚に大きな衝撃を与えました。スイカを切ったとたん、シューとふきだすものがあり、しろい汁がだば~、8割は腐敗していました。のこりの部分を食べましたが匂いが付いていて、記憶にその匂いが残っています。。これからスイカを食べる時に思い出されることでしょう。匂いとは、いいこともふくめて五感のなかでもっとも記憶に残ると聞いています。

星野道夫の「ノーザンライツ」を20年ぶりくらいに読みました。アラスカの物語に引き込まれます。ちょっとまえに「旅する木」も読み返しました。次は「森と氷河と鯨」かな? このブログの前の時代のHPの中に「風のたより」がありhttp://huzu.jp/media/54/

2001年12月7日にNo63に以下の内容で発行していた。当時は封書でお客様に送付していた。■「森と氷河と鯨」星野道夫著
■クマの世界に…..
■「見えないものに価値を置くことができる社会」の側へ
■この本のもうひとつ隠れたテーマ
■ガイアシンフォニー(地球交響曲)第三番に….
■星野道夫コーナー設置予定

1996年にロシアで熊に襲われ急遽。先住民のひとたちから熊という名前をもらっていた彼は、その世界に逝ったと思う。

店をはじめてすぐにガイアシンフォニー(地球交響曲)の1番2番を上映会開催。800人はいるウィルホールで、なんと800人以上に人がきてくださって自主上映素人の私達GAIAの会(がいあのかい)の皆は大変だった。勿論嬉しかった。

その2年後くらいにガイアシンフォニー3番も2番と一緒くらいで2回目の自主上映会を開催。この3番が星野道夫のストーリーだった。龍村監督の話では、明治神宮の森で二人で歩きながら話をしてこれから撮影にはいるという段階で星野道夫は熊に襲われた。監督は、はてどうするか悩み考えた末に、星野道夫の会った人々に会いに行く。その人々の心のなかに生きているミチオに会いにいってガイアシンフォニー3番を完成させた。

GAIAの会は、名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会の母体となる会で1996年フェアトレード・ショップ風”sスタートと一緒に活動をはじめ、ピープルツリーの前代表サフィア・ミニーやネパリバザーロの土屋春代・第三世界ショップの片岡勝らを関東から講師に招き講演会などもおこなってフェアトレードの啓発活動をしてきました。

昨年が星野道夫がいなくなって20年。フェアトレード・ショップ誕生と一緒の1996年。今はフェアトレード・ショップ風”sは正文館書店の2Fに移転と時代は移り、若者たちに手にとってほしい本も並べています。その中の1冊が「旅する木」でした。その続きでこのお盆に手にとったノーザンライツ、極寒のなかで生きるアラスカの人々の一人一人の物語に引き込まれました。

中には、ベトナム戦争で徴兵され黒人同様先住民の若者たちは前線にかり出され、帰還できてもこころに大きな傷を負っている話もあります。「クリンギッド族の村は、あの頃、若者がすべていなくなった。」とウィリーから聞いた星野道夫。多くのアラスカのエスキモーやインディアンの若者がかり出された戦争、そのあとのイラク戦争でも同じことが起きていると思う。

「息子はおれの命の恩人なんだ」とウィリー。ベトナム戦争で5万8132人の米兵が命を落としたが、戦後、その3倍にも及ぶ約15万人のベトナム帰還兵が自殺している。

ウィリーもやがて精神に破綻をきたし、首をつって自殺を図った。がその時、わずか7歳だった息子が父親の身体を必死に下から支え続けたという。

ウィリーはクリンギッドインディアンの祖先の魂にもどり、心病むベトナム帰還兵だけでなく、監獄にいるインディアンの若者たちをひんぱんに尋ねては再生の道を歩いている。

戦争になれば、黒人のアレン・ネルソン(故人)がそうだったように貧困層がかり出される。1杯のコーヒーを誘われ海兵隊にはいれば学校も行けると言われ、海兵隊では48通りの人の手による殺し方を学び、ベトナム戦争でであったある場面でベトナム人も人だと気づく。帰還後、再会した母親に「あなたは以前のネルソンではない」と言われたという。人が変わってしまうのが戦争だ。

日本でも家庭の経済的理由から自衛隊にはいる人もなかいにはいる。戦争がはじまれば困窮した人達がかり出される。生きていくためには。南米のゲリラの若者は仕事がないからゲリラになるということも「カラシニコフ」という本で知った。立場の弱い人々や貧困と兵士とかさなってくる。戦争をしたい人は決して自分が戦場で戦う機会はなく、自分の家族を戦場に送り出すことも無い。そのようなことを多分想像すら出来ない。だから戦争を仕掛ける。

ゆでガエルになるのか、ならないのか! 選挙は大切な意思表示。みんなが大切な一票を投じる社会になりたい。子どもたちに責任をもって手渡したい。70年戦争を放棄した国を、これからも永遠に放棄し、世界に呼びかける、九条を世界の憲法にする。

明日8月15日は終戦記念日、戦後生まれ、ベビーブーマーの私達がすることは次世代に自分が知り得た大切なものを伝えて行くこと。戦争体験はない。幸せなことだ。今も戦争体験はない。憲法で戦争を放棄しているからだ。世界から羨望のまとの憲法を失う手はない! 私達を守ってきた憲法を大切にしたい。

No.63 2001/12/7

NPO法人森の蘇り 「きらめ樹間伐」とは….

お知らせ……フェアトレード・ショップ風”s正文館店のお盆休み 8月11日~15日まで
NPO法人森の蘇り

は皮をむいた杉を2年ほどおいて立ち枯らしさせた後、間伐がてら伐採し、その間伐材を製材して棚やまな板、床材などにして販売しています。

稲武付近でも目をやれば悲しい風景、細い杉の木がひょろひよろ。一方大井平公園の木は天保時代に植樹された巨木の森がひろがり、同じ森でも気持ちがぜんぜん違います。日本全国に広がるひょろひょろの森、「きらめ樹間伐」のような形で広がったらいいですね。ピーズボード乗船で友達になったさっと君が先日、NPO法人森の蘇りのまな板部部長さん(なりさん)のところで45度の傾斜地で5本の杉皮をはいだということを聞き、このような間伐方法があることを知りました。なりさんの住む広島県三次市甲奴町では、年間1000円で使える共同木工所もあるそうです。

なりさんも同じピーズボート乗船の人で、下船後は軽トラを改装して全国を回っていて私も一度その軽トラを見せてもらいましたが「楽しそう~」でした。小さなプランターに植物も植えていましたよ。今は広島で古民家を借りています。

さっと君もこの野入に先日来てくれました。栃木で「コブル」というフェアトレード・ショップを一年くらい前にオープンさせました。

https://www.fairtrade-coblue.com/blog

コブルの運営はフリースクールの子どもたちや、生きづらさを抱えている人たちがお手伝いできるという目的も持っています。ショップでのお手伝いを通して、人とふれあったり、仕事の体験をしたり、自分なりのペースで次へのステップを歩んでいるとのことです。

彼は、岐阜にあるスポーツ店でエリアマネージャーやバイヤーをしていて、メーカーとの取引や日常的な業務のなかで疑問を感じNPO法人起業支援ネットの「起業の学校」に入学、フェアトレードに興味を持ち、そこで関戸美恵子さんから土井ゆきこを紹介すると言われていたそうです。彼女の昨年2016年10月15日に突然の訃報は、「命って限りある」って思いしらされたました。ほぼ私と同年代。

2014年11月乗船のピースボート南回りに私が乗っていることは関戸さんも知らなかったのですが、船上で「地球の学校」の企画の時に私にお声がかかりそこでばったり出会った。さっと君が言うには「貴女でしたか~」という感じ。早速まだ存命中だった関戸さんのこの出会いを知らせたそうです。それからはいろいろ話す機会もあり、今は生きづらさを抱えている人たちが手伝いもできるフェアトレード・ショップ「コブル」を運営。実家は犬山、 名古屋へもどるたびに積もる話をしています。

栃木県は宇都宮市で吉田ユリノさんがフェアトレード・タウン運動の中心的存在で活躍中。ほぼ私と同年代の彼女は、シャプラニールの名前のもととなった「睡蓮の家」の名は、彼女ユリノが住んでいた家のことを村人がベンガル語で言ったということです。

その栃木県に中学生のころからフェアトレードに興味をもち、17年前くらいにフェアトレード・ファッションショーを開催した時は家族みんなで応援、その後も大学で卒論のテーマにして、栃木へお嫁入りした藍ちゃん。その時に吉田ユリノさんを紹介。また栃木出身のゴマ油の九鬼産業の三厨さんも栃木へ戻ると言った時、栃木のフェアトレードMAPを手渡と吉田ユリノさんを紹介、昨年の逗子のフェアトレード・タウンのお祝いの時に久しぶりに三厨さんと会いました。そして今回のさっと君もちょっと宇都宮とは離れているようですがその仲間になったようです。

フェアトレードでつながる、日本、そして世界。

野入日記170813 絆創膏手当のスイカ

お知らせ……フェアトレード・ショップ風”s正文館店のお盆休み 8月11日~15日まで

今朝は4時くらいから起きたので靴下がほしい気温。山々はうっすら霧がかかって5時すぎくらいには薄日も漏れてきた。7時過ぎ太陽が顔をのぞかせた時、丹田呼吸(腹式呼吸で5つ鼻から吸い、口から10吐くを10回する)をしていたら暑くって、途中から太陽に背をむけた。朝陽は特別の意味がある光のようです。この家は東向きなのでありがたいです。

フェアトレード学校企画のため一週間野入に来ていないうちに、台風の影響か畑は乱れ、もみじの木の枝も折れていた。スイカ畑(小さいです)はいままで大きいのは2個ありましたが他にも3個成長しつつあるスイカが現れ、またいつも見失ってしまうけれど爪の大きさほどの赤ちゃんも2~3あります。

昨夕、一番大きなスイカにアミをかけておいたら、あわぶくぶくの卵が生み付けられていた。鳥に穴をあけられていたところで、ティッシュでふきとってもふきとってもぶくぶく。息をしているのでしょうね。今度はティッシュをつめこみガムテープでとめても吹き上げあわがこぼれてくる。それをなんども繰り返しているところ。

今朝も大歓迎の蜜蜂、スイカの花に。

8月18日19日は息子3夫婦8人が野入に集合予定。私達夫婦いれて10人の食事のメニューを考えなければならない。私の生まれた実家は、父親の両親と私入れた4人兄姉で8人家族。母は家業の材木商を手伝いながら両親の世話と食事も作っていたわけですごいな~と思う。

スイカは2歳・5 歳の孫二人迎えてのイベントの一つ、スイカ割りをしようと思っている。昨年に続いて竹筒を使った流しソ~メン、息子たちが使っていた「きょろちゃん」は今も健在でかき氷屋さんを開業予定。庭が広いので山々を見ながらのプール遊びも楽しみ。

火鉢に蓮

もうひとつは、火鉢に植えた蓮の苗、水たっぷりにボウフラ10数匹、私は湯豆腐すくいで「ぼうふらすくい」ピッピ、ピッピと反転しながら浮き上がってくるところをすくい取る。これもお盆休み企画メニューの一つになるかも??

18日に神社で開催される「稲武音頭」をはじめ手踊り(盆踊りとは言わない。なぜならお盆に踊るのではなく秋の収穫のあとに踊っていたからだそうです)を練習をしにその集まりにも出席し、子ども向けの「踊るぽんぽこりん」を伝授して当日に参加使用という思いもありです。

~~~午後からのたより~~~

あ~無残、スイカのあのぶくぶく泡は発酵していたのだ! そうかも~と初なりを切ったらぷ~んと匂う。食べられない。真っ赤に熟していたのに。昨日収穫していたら食べられらかもしれない。残念。

【結論】虫が卵を産んだのでは無く、開いたあなから発酵がはじまったのだ。カマキリのような卵かな?と思ったのが間違い。でした! 残念。

 

お知らせ…………..★お盆休み 8月11日~15日まで​★

秋の展示会は10月14日(土)15日(日)正文館5Fホール
フェアトレード・ショップ風”s(ふ~ず)正文館店
​〒461-0015 名古屋市東区東片端町49

​ ​

正文館書店本店2F​

052-932-7373  T&F

(月休み、12~18時営業)

    ★お盆休みは8月11日~15日まで​
フェアトレード・ショップ風s  http://huzu.jp/
名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会(なふたうん) 土井ゆきこ
090-8566-2638
huzu■huzu.jp(■は@)

台風のあとのさわやかな空は….

災害が伴う台風は、来て欲しくない風、でも気づく自然の前にたちすくむ人間の姿、都会で向き合わざるを得ない「自然と向き合う」時間です。

台風の過ぎ去った朝は、舞台は秋へと回りはじめたようなすがすがしい風。とはいえ日中、太陽が高くなるとともに気温は元通り、でもまた夕方になると….と変化を重ねながらやがて秋へと日本の四季が移りゆきます。

2017年8月8日フェアトレードの学校=夏期集中講座がスタートしました! こちら

名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会の大きな活動の柱、昨年から始まったフェアトレードの学校=夏期集中講座は私の長年の願いでした。学校では学べない現場の話、現場で活動している人の話などをワークショップを交えてしっかり学ぶ2日間。

今年は3人の欠席で、18人の参加(中学生1人・高校生5人・大学生11人・大学院生1人)

愛知県内の愛知教育大学・金城学院・愛知県立大学・名古屋学院大学・淑徳大学・中京大学・名古屋市立大学・南山大学・日本福祉大学付属高等学校・椙山女学園高等学校・県立千種高校・知立東高校・名古屋市立神の倉中学校13校の学校の生徒が参加

共催の愛知県国際交流協会で開催。料理スタジオの設備などはないので昨年実施したネパールカレー料理やパプアの本当のチョコレートづくりなどができないのは残念ですが、手仕事の大切さ、オーガニック弁当を提案し、食べることの大切さなどじっくりこの「フェアトレードの学校」を育てて行きたいと思っています。

 

空気のように、水のように、太陽のように、大切な日本の憲法を勉強しました。

第三次世界大戦が起きたら核戦争、地球は環境破壊より先に自滅。

日本はさきの大戦で中国・台湾・韓国・タイ・インド・フィリピンなどアジア諸国の人びと約2000万人、日本の人約300万人の命を奪った反省の上にできた日本の憲法は、世界の憲法学者からはダントツ一番人気。奇跡のような状態で生まれた憲法を手放す手はない。

戦後の日本経済の発達に海外進出、それも侵略した国々にでかけて経済発展を遂げているが、工場など操業を受け入れてくれるのは日本はもう戦争はしないという九条があればこそ。

今の日本の憲法を変えようとする、戦争ができるようにしようとしている日本を世界の人びとは固唾をのんで見守っている

九条は核戦争の防波堤になっている。

押しつけではない日本の憲法は、発案者は幣原(しではら)喜重郎元首相である資料群を、日米独の市民ら169人が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に共同申請をした。

荒井潤さん

その共同申請者の一人で資料群の調査をした作家の荒井潤さんのミニライブとトークショー&近藤真(岐阜大学憲法)のミニ講演が7月22日正文館書店5Fホールで26名の参加者で開催され、憲法について学ぶ日を持つことができました。

近藤真さん

東京新聞(7月8日)によれば

2017年7月7日(現地時間)、国連で核兵器の保有や使用を禁止する「核兵器禁止条約」が採択された。国際社会で比較を訴えてきた代表的な国がニュージーランド。30年前「非核法」を制定し、米国との対立の辞さず非核をけん引してきた。東京新聞の書面取材によると、同法には日本国憲法九条も生かされていることや、政治の動きに関係なく国の基本方針として定着している。つまりニュージーランドの政権が交代しても「非核法」は動かず定着しているとのことですが、これは国民の支持があってのこと。

条約の署名は国連本部で9月20日に始まり、50ヶ国が批准してから90日後に発効する。不参加は、米国・英国・フランス・中国・ロシア・インド・韓国・日本など。

資料や書籍の紹介もありこれからまた学んで行きたいと思う。近藤真さんの話ももっと聞きたい~と思いました。「それ マコト?」、また彼の東海高校での活動など聞く「マコトの人生」を若き学生さんたちと一緒に聞いてみたいとふと思うのです。

インターネット署名をする行動表明

「9条を世界記憶遺産にする」とは

当日のチラシより

…..皆さんは、これまで9条はマッカーサーが提案したと思っていたのではありませんか。

実は、マッカーサーはアメリカの議会で、提案者は幣原だと宣誓証言していますが、肝心の幣原本人の証言がありません。

唯一の日本側の証言は、幣原の側近だった平野三郎元衆院議員(後の岐阜県知事)により1964年の憲法調査会に提出された、世に「平野文書」と呼ばれる有名な文書だけです。それは平野三郎が幣原喜重郎の死ぬ10日ほど前に、病床で本人からの証言として聴きとったとするものです。

この平野文書において幣原喜重郎は、マッカーサー回想録に示された内容とほぼ同じ内容の主張をしています。伝聞証拠ではありますが、9条提案に至る幣原の平和思想を表現した貴重な憲法調査会の証拠採用文書といえましょう。

憲法9条の提案者が幣原であることはまず間違いないとしても、日本側には伝聞証拠しかありません。それゆえ憲法の学界通説は慎重を期して9条の提案者については日米合作説をとっています。一部にマッカーサーが真の9条提案者だとするマッカーサー提案説もありますが、マッカーサー宣誓証言や平野文書が偽証罪だとする立証に成功しておらず、信憑性がありません。

かくして「9条を世界記憶遺産にする」とは、この合作説に立って、マッカーサー・ノートなど多数のアメリカ側の証拠文書および平野文書などの日本側の証拠文書を世界記憶遺産として登録することなのです。

主催:憲法キャラバンぎふ・あいち  (洋子さんメッセージより)

 

ミニ・ライブとトークとミニ講演とフェアトレードのコーヒータイムでの交流。オーバービーさんと親交のあった洋子さん&フェアトレード・エコショップオゾンのてるこさんのお手伝いをしたゆっころんの報告でした。とても大切な企画だと思いました。世界、地球の誇る憲法に空気のように守られてきたことを改めて感じた1日でした。

 

野入日記170710 朝陽の当たる家

 

山の端に沈む夕日に手をあわせ一日を感謝して過ごす、そんな生活を夢見ていましたが、今年4月から借りている稲武の野入の古民家は「朝陽のあたる家」東向きなので夕方は後ろの山に陽がおちます。

朝陽の昇った山に写し出される夕日の残照を見ています。これもまたいいです。そのあとゆっくり暮れゆく広い空を見上げると、お月様がうっすら登場、やがてくっきりその姿を紺色の空に輝きを放ってくる。そんな夕暮れの庭で夕食をとります。昨夜は満月でしたが雲が多くみることはできませんでした。

夕食は、簡易窯で煮炊きをするのでこの季節、汗がおちます。湯浴び用のお湯も沸かし、風呂場でためたお湯で汗を流します。プロパンガスの節約でもあります。ススにまみれ、汗を流してでもゴミを焼却し、改築ででた木ぎれを焼却することがなぜか面倒ではないしなんだか楽しい。灰もできるので畑に利用。この煮炊きで結構な時間を費やすが不思議と苦にならず、もしこの時間がなかったらと想像すると肝心なものが抜けたような気がする。寂しい。うわっつらの生き方のような気がする。雨の日でも傘をさしながら煮炊きをするしつこさが私にはあります。。

ガスをひねるだけ。火力も簡単に調整できる。

便利さと不便さの差はなんんだろう?

せっかく手に入れた便利さなのだから、上手に使いながらも、あえて不便さを取り入れる生活が、わからないけれどなんだか心が満たされるのではないでしょうか?

今朝も5時20分ごろには山から陽が今日もあがってきた。山の朝のいいところは朝露に光る草花があること。そして畑にはすでに花粉を両足に丸くつけた蜜蜂がはたけにお目見え。

紫露草と花粉ボールをつけた蜜蜂

 

露草の紫は今日も元気に咲き誇って、黄色や赤やピンクの花のいろに調和をもたらしてくれる。

 

緑一杯の環境はなんだか嬉しい。畑の成長が楽しみ。昨日はキュウリが6本、今日は9本。

陽が出てくれば山の里も暑くなります。家の中はお陰様で広いので風通しは良好で涼めます。まだまだ片付けることが多いし、来週も店のスタッフが集合して交流&会議をするのでその準備なども今日はするつもり。

笹の葉さ~らさら、軒端(のきば)にゆれる……

軒端とは
軒の端。軒の先端。 「 -に風鈴をつるす」
軒に近い所。軒のあたり。 「 -の
今日は7月7日 七夕さま 子どもたちの通う園や学校ではせいいっぱい歌う子どもの姿があります。「軒端にゆれる….」と言ってもわからないままに歌う。
それでいい。わかる日が来るまで。
軒端のある家屋が少なくなった現在の住宅事情。童謡によって受け継がれる日本の文化、四季、暮らし方、仕事、季節の行事、移りゆく季節の描写….。童謡を語り続けたい歌い続けたい、老若男女一緒に歌える日本の歌をこの先も伝えていき、心をず~っとつなげていきたいと思う。言葉の表現にも日本の風土から生まれた言葉があり、日常では使うことは少なくなくなっても歌で伝えていくことができる。

来年2018年“童謡”は 100周年を迎えるそうです。1918年創刊の児童雑誌『赤い鳥』で“童謡”という言葉が発表されてから、ちょうど100年が経つことにちなんで童謡100年プロジェクトも運営されています。

幼稚園で笹の葉に飾り付けをしている親子

 

ゆっころんも5歳と2歳の孫に恵まれて、童謡をいっぱい歌っていきたいと思っています。好きな歌はいっぱいあります。

「うれしい雛祭り」「村祭り」「みかんの花咲く丘」「七つの子」「おぼろ月夜」「赤い靴」「里の秋」「赤とんぼ」「もみじ」「さくらさくら」「荒城の月」「花嫁人形」「浜辺の歌」「浜千鳥」「夕やけ」……

以前、バングラデシュの首都ダッカから6時間はなれたところのフェアトレードの団体スワローズという所を訪問した時、私達訪問者歓迎の船をだしてくださって川をくだった。船の上では楽器も持ちこみ10人くらいの人達が5曲以上唱和して歌を聞かせてくださった。日本の私達がそんなにたくさんの歌を一緒に歌えることはできるだろうか…とその時思ったけれど、童謡ならできる。子どもから大人まで。大人達は子どもの時代を思いだしながら、歌ってくれた母やおばあちゃんたちを思い出しながら歌うことでしょう。歌は時代を超え、心をつなぐ、日本のこころをつなぐ。童謡をいまいちど注目して一緒に歌う、または口ずさむ幸せな時間を過ごしたいと思う七夕の日、平和であればこそ歌も歌える。共謀罪法ができた今は、これからは歌っていけるのでしょうか? 勿論歌っていける世の中にしていかなくっては! あきらめない。ゆっころん

「土を喰う日々」ーわが精進一二ヶ月ー水上勉 

新潮文庫

昭和57年8月25日発行、平成28年5月20日27刷

はじまりは、今年の1月に今池シネマテークで見た「フルーツ人生」、夫に勧めて彼も見てから本も三冊購入。その中にこの本のことがあり気になっていたら、また夫が購入してきて昨日私に手渡した。

ほっとした時、山々をみながら座椅子にもたれかかり読むことでしょう。楽しみです。ほうれん草の根っこまでおひたしに入れるところ、気がつかなかった…..。

今池シネマテークでは再再々上映中。「標的の島 風かたか」もたくさんの人に見てほしい。

お手本の生き方や本をみながら実行できる場「野入」を得たことが嬉しい。昨夕の雨もあがり陽がさしてきた朝、4日ほど留守していたらミニミニミニ水田の稲も倍に成長、他の水田と同じように成長している。その葉の先にいくつもの水玉、表面張力の力といえど素晴らしい自然の風景、小さな小さな小さな水玉が葉の先におちもせず光っている。

朝陽に光る稲の露

ミニミニミニ水田

そんな朝、また私はコーヒーを焙煎して今日に感謝しながらスタート!