119ピースボートクルーズ便り=2025年1月9日(木)ケープタウン (南アフリカ) ★タウンシップ

2025年1月9日 ケープタウン
「タウンシップ・ランガ地区へ」というツアーにバス2台90人参加
ランガ地区は、ケープタウン最古のタウンシップ(アパルトヘイト時代の黒人居住地区)
話題の観光名所へ変貌させることで雇用を生みだす社会的事業が展開される場所で
非常に面白い体験をした。

一般に入れないタウンシップで地域おこしの活動をしている団体
NGO「Ikahaya・le・Langa」がある。
ジャマイカ系イギリス人トニー・エルビンさんが代表 ランガ地区で生まれ育つロンドン生活あり

パス博物館にて
劇があるとは聞いていた。前もって大声を出すとか暗いとか参加型の劇とは聞いていた。
ドアからバス1台分40人が暗いが狭い部屋に入った。真っ暗だった。

突然ターバンを巻いた黒人女性が荷物をかかえておびえた様子でしゃがみ込む様子が見えた。
向こうには牢屋の窓のような扉が開いてパタンと強くしまった。私たちは牢屋の中にいる様だ。

その窓の横のドアから白人の男性が入ってきて、おびえる女性を引っ張り出した。そして私達参加者の女性・男性一人ずつも引っ張りだされた。

二人は何が起こったのかわからなかったと思う。取り残された私たちも何が何だかわからなかった。出されて法廷のような机が正面にあり、左側には書記と思われる黒人の女性がタイプを打っていた。その迎えには被告人のような感じでターバンの黒人女性と日本のツアー参加者二人の計3人が座っていた。

残った私たちは、うながされて裁判の傍聴人のように並んで椅子に腰かけて見守っていた。

裁判官が書記から渡された訴状のようなものを大声で読み上げた。その都度 ターバンを巻いた女性はおびえてちじこまり震えていた。女性を取り立てていた男性がこん棒のようなもので時々激しく木をたたいて脅してる音が響き渡る。

身分証明書のパスを所持していなかったことで追及されている場面とあとで解説があった。日本の女性は黒人のバーで飲んでいたことが訴状の理由。男性も何か罪があったが白人部類(日本人は金持ちだから黄色人種でも白人部類の区別)だから釈放される。

という劇を、実際に所在した裁判所で(と言っても小さな建物)劇が行われた。
裁判官は白人。黒人を荒々しくとりたてた人は白人か、白人に雇われた黒人(黒人の間では疎まれた)かも知れない。
パスと言われる身分証明書の交付は告知もされなかったようで、書類告知があっても読めない人が多くわからないままに捕らえられたりした人は日に50人くらいいたという。

「パス博物館」と言っても裁判劇が行われた部屋の周りに時代の流れなどパネルが英文で展示、実際のパスも展示されていた。

このような事情をただ説明を聞くだけとは違って。突然その劇中の人となって市の当時の様子を見せてあとで説明をするという手法に感動にちかいものを感じた。
また
そのあと、歩いて90人が食事するところへ移動するのだが、途上国でよく見受けられるゴミの散乱している道を歩いていく先に、レストランがあるとは思えない。
しかし他の途上国の貧困地帯とは違って、途中には壁に描いた大きな絵画があった。芸術や音楽など文化を取り込む活性化の様子がうかがえた。

さてさて 普通の家のようなところからジャンベ(アフリカの太鼓)やバラフォン(木製楽器)が盛大に鳴り響いてきた。歓迎のアフリカ音楽だ!
入口は普通の家くらい、奥行がある家の入口で7人くらいの人演奏していた。嬉しかった! 最高!
中は室内装飾も含めおしゃれな感じで、2階もあり、なが~いテーブルに食事の用意がされていた。

グラマーのおばさまが「私が料理を作りました」と登場。
みな、バイキングのように取り皿へ料理をのせ席に戻り頂いた。心のこもった料理でどれもおいしく、カスタードクリームのかかったプリンのようなデザートもおいしかった。

食事は誰が食べるのかを想像し、喜んでもらえるような気持ちがこもった料理は心に響く感じがした。まさにこの時の料理はそう思う。

そして食事も後半にさしかかるころからアフリカ音楽を思いっきり表現するソロのバラフォン演奏やドラム演奏を堪能。
思いもよらぬ音楽と食事に「参った~!」

そのあとの団体先訪問でも子供たち輪に入り一緒に踊ったり、子供らの超躍動する踊りに拍手を送りアフリカを満喫する訪問でした。貧しい地区の中での雇われるだけのことを考えず起業する力を学ぶなど、人と人との交流のある観光から地域活性化を進めている活動に触れることができました。
いつもツアーのあとにあるアンケート6項目ぐらい5段階オール5にして投函。引率のピースボートスタッフに廊下で出会った時にもありがとうとつたることができた。この団体との付き合いは6年前という。

10年前の乗船の時は、やはり黒人居住区の若者たちが音楽で活動する団体がアジア地区から乗船しケープタウンで下船。その間 演奏会をひらいたり、参加者とアフリカの歌を踊る講座やその発表会にも参加したことを思いだしました。アフリカの芸術は魅力的です。

119ピースボートクルーズ便り=ジャンベ教室 ラ・ティールさん

12/21 世界遺産ゴレ島に生まれて 奴隷貿易の拠点から届ける平和へのメッセージ

彼出身のゴレ島は、世界遺産の奴隷貿易の拠点になったところ 各国の要人が訪れていますが、南アフリカの大統領のマンデラさんは、港から送り出される前の奴隷が その港で、立つことも出来ないなか、空気穴も短冊くらいのが1つ そこに入り 5分たつてから出てきた時には涙していたとのこと。 奴隷制度は4世紀も続きました。

119ピースボートクルーズ便り=2025年1月7日(火)ポートエリザベス (南アフリカ) ★1/8 サファリガイド 太田ゆか講演

2025年1月8日 太田ゆか(1995年生)日本人女性初の南アフリカ公認サファリガイド
10年サファリガイド「罠にかかった野生動物の救助」「サイの密猟対策」「人間と野生動物の軋轢を防ぐためのGPS活用」など野生保護に取り組み、現地の生態系保全を目指す。以下講演内容
サイの角の密猟あり
アフリカ最大規模の自然公園クルーガー国立公園はほぼ四国の広さ
動物に生息地の減少 分断
人口の増加 開拓 経済発展 工業地帯
人間と野生動物との境界線ぎりぎりになってきている
1984年 大規模農地開拓 プランテーションにてマンゴ・オレンジ・グレープフルーツ
木片チップ 紙作るための伐採 フルーツなどは、中東・アジアに輸出
発展と環境保護とのバランスをどうとるか?
アフリカは 銅・金・ダイヤなど鉱山資源が豊富
工業地域が発展 人が来て、町が出来、鉄道が敷かれ、道路が出来、発電所も

動物たちが以前はアフリカの国5カ国にわたり周遊するくらいで生態系のバランスが保たれていたが、限られた場所の中で動物の個体が増えすぎ 植生の問題も起きている
大きな木が伐採され、鳥が巣をつくれない
保護区を出て行く動物 人間との軋轢 象が獣害となっている
伝染病の問題 野生動物から家畜へ 家畜から野生動物へ
道路が通っているので動物の交通事故も多い 希少動物も事故にあっている
動物保護近くに住む人たちは、サファリで観光客が見るようには動物を見ていない、知らない。
家畜を、また人間を襲うような悪いイメージを持っている
保護対策として
環境保護のため野生動物保護区近隣の住民に保護の仕事をしてもらい地域の人の暮らしを保つことや、太田ゆかさんが通ったサファリガイド訓練校は年間200万くらいかかるので学ぶ機会をつくる補助をする。家畜が襲われたらその弁償的なこともしている。
また、土地の分断化により近親相姦の弊害がおきているので、人工的に雄雌を引っ越しさせ
麻酔が効いている間に仲良くなるように皮膚をこすりあわせる「ゴシゴシ作戦」をしているという。オスがメスを殺したりうまくいかない時もある。
ザンビアでは、チータが復活。いなくなった肉食動物が戻ると生態系も復活する。アメリカのイエローストーン講演のオオカミがいい例。

119ピースボートクルーズ便り=2025年1月3日「アパルトヘイトから30年~南アフリカ、自由の」レインボー国家への道のり~

2025年1月3日
アパルトヘイトから30年~南アフリカ、自由のレインボー国家への意道のり~
デズモンド&リア・ツツ・レガシー財団CEO ジャネット・ジョブソンさん 講演

1948年法律で設定 植民地支配を発展させた
1913年87%隔離して土地収用
人種によって分離するシステム 仕事、どこへ行くか決められた
ベンチも白人子どもはOKだが他は座れない写真にあり
白人・黒人・カラード・インド系 黒人など安い労力で使われた
市民権剥奪 白人地区へ入るには身分証明書が必要
1950年から抵抗運動 身分証書を燃やした
1960年 ヨハネスブルグで3万人 身分証明書を燃やした
1969年 発砲有 虐殺事件 世界から注目 国連
世界で反対運動 国内でも転機
でも独裁政治再開 住む権利だけでなく 結婚 Bantu教育 では教育費は黒人の10倍予算は白人 学校20%白人専用
1976年 言語 子どもがデモ10歳くらい~ 200人の子どもが殺された
ボイコットキャンペーン始まる
1984年 ノーベル平和賞、、、いい影響あり 一方レーガン拒否権
1986年 大司教 黒人初 住まいは白人地域内 法律違反になる?が住むことにした3つの開拓宣言 教会のシステムを変える・女性の権利・アパルトヘイトの廃止
1980年代は暴力の時代」 拷問あり
白人は徴兵された
1985年  宣言 軍政が敷かれた
1989年 大規模デモ行進
冷戦がおわり 当時の大統領が脳卒中で退陣という流れ
アパルトヘイト経済的に成立しない
1990年 政治犯釈放 マンデラさんは27年間投獄の身だった
1990年~94年 かけ交渉
1920年 白人支配を終わらせたくない人 戦車 黒人活動家リーダー殺害
右翼だけでなく 2万人殺害
1994年 選挙 マンデラさんの政党 国民統一   政府アパルトヘイト時代の政治家も含む
最も進歩的な憲法 人権(性的志向含む)世界で最初の合法法律 11の言語公式に
赤・白・青 アパルトヘイト時代の色 黒・黄色・緑 マンデラ政党の色
30周年を迎えた 選挙投票率は50%を」下回った
パレスチナが平和になった時 世界中の平和が

=2024年12月21日講演「世界遺産ゴレ島に生まれて~奴隷貿易の拠点から届ける平和のメッセージ」・28日(土)ポートルイス (モーリシャス島)=119ピースボートクルーズ便り

2024年12月21日講演

「世界遺産ゴレ島に生まれて~奴隷貿易の拠点から届ける平和のメッセージ」

 

 ラ・ティールさん

右階段左側の穴が奴隷が押し込められた部屋の空気抗

右の人、設立に力を貸したこの施設の案内人

 

2024年12月21日講演「世界遺産ゴレ島に生まれて~奴隷貿易の拠点から届ける平和のメッセージ」

講師は、ジャンベ奏者のラ・ティールさん
彼出身のゴレ島は、世界遺産の奴隷貿易の拠点になったところ

各国の要人が訪れています。
港から送り出される前の奴隷が
その港で、立つことも出来ないの場所、空気穴も短冊くらいのが1つあるだけの所に入れられていた。

訪れた南アフリカの大統領マンデラさんは

そこに入り 5分たって出てきた時には涙していたとのこと。
奴隷制度は4世紀400年も続きました。

奴隷解放の映画も以前見た。絶対になくならないと思われていた奴隷制度だつたが一人の議員が困難を乗り越えて解放に導いた。

イギリスでの奴隷解放に努尽力した議員の話「アメージンググレイス」」は
実話

18世紀のイギリスを舞台に、奴隷貿易廃止に尽力した政治家ウィリアム・ウィルバーフォースの人生を、名曲『アメイジング・グレイス』の誕生秘話とともに描く伝記ドラマ。主演は「キング・アーサー」のヨアン・グリフィズ。監督は「歌え!ロレッタ愛のために」のマイケル・アプテッド。18世紀のイギリス。博愛精神にあふれた青年ウィリアム・ウィルバーフォースは、イギリスの収入の多くが奴隷貿易によるものであることに心を痛めていた。若くして国会議員となったウィルバーフォースだったが、聖職者の道を選ぶべきか思い悩んだとき、政治の世界にとどまるよう後押ししたのが恩師であり、『アメイジング・グレイス』を作詞した牧師ジョン・ニュートンだった。
画像、アメイジング・グレイス
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28日(土)ポートルイス (モーリシャス島)

 

  • モーリシャスの人びとと文化交流

環境や教育、女性の権利、フィットネス、地域コミュニティの活性化などさまざまな活動を展開するNGO「ACM」を訪ねました。

 

 

 

 

 

 

2024年12月28日(土)ポートルイス
(モーリシャス島)
モーリシャスの人びとと文化交流

119ピースボートクルーズ便り=2024年12月19日(木)シンガポール ★「昭南島」の歴史を学ぶ

119クルーズ

2024年12月19日(木)シンガポール
★「昭南島」の歴史を学ぶ

  • 「昭南島」の歴史を学ぶ
  • 19日の寄港地
  • シンガポールでは

ツアーの「昭南島の歴史を学ぶ」に参加

「昭南島」は、第二次世界大戦中

日本がシンガポールを占領していた時につけた名前

占領下で虐殺された人は数万人

チャンギ博物館は、日本占領期に戦争捕虜と民間人が収容されていた「チャンギ刑務所」の歴史を伝える施設で、収容者の遺品や生活の様子などが展示されています。

しかし、日本の教育でこのことが語られることはほとんどありません。

私自身、このツアーにさんかするまでは、シンガポールにあるある一つの島だと思っていたくらい。

,8時間行程のツアーでした。