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生産者を訪ねる旅

【未公開分】2019年10月18日~22日沖縄カカオプロジェクト の カカオフレンズツアー報告 その1

■参加するきかっけ

2019年5月26日 5月フェアトレード月間企画として

「沖縄カカオプロジェクト発進!」 ~国内フェアトレードを語る~と題してネパリバザーロ創始者・現会長の土屋春代さんにお話をして頂きました。

20190526沖縄カカオプロジェクト講演チラシ

http://www.nagoya-fairtrade.net/?p=21156←報告はこちら

28年の活動を続けるフェアトレード団体ネパリバザーロは、3・11以降「国内フェアトレード」ともいわれる活動をはじめました。

「国内フェアトレード」その1は、東北の材料とネパールの蜂蜜から自然派化粧品「クーネ」の開発販売。

その2は、2017年沖縄産カカオの夢と題して~沖縄カカオプロジェクト~開始!

沖縄にカカオ栽培を拡げ、新たな産業を築き、福島の子どもたちの保養を支えるために「カカオフレンズ」を募集し、現地沖縄を訪ねるツアーも開始。

このカカオフレンズツアーもは、第1回目は11月16日~19日・第2回目は2月8日~11日現地集合解散で開催されます。

今回さきだってそのツアーに参加してきました。3回にわけて報告します。

①遠回りのスタディーツアー

②フェアトレードと資本主義

③沖縄、福島を深く知ることで今の様々な問題がみえてくる

■■■■■カカオフレンズツアー報告 その1■■■■■

①遠回りのスタディーツアー

いままで10ヶ国ぐらい海外のスタディツアーに参加しましたが、今回のツアーはちょっと変わってました。

沖縄についたものの、瀬長亀次郎の不屈館・辺戸岬・ハンセン病国立療養所を訪ねたりと、なかなか生産者との出会いはありませんでした。

それは、この「沖縄カカオプロジェクト」の意義を知る為には、沖縄の歴史・現在を知ることが欠かせないという今回のツアーの案内人、ネパリバザーロの土屋春代さんの思いがありました。

19日現地那覇集合の前日、中部国際空港をたった名古屋からの旅人土井・たかだ・高橋の三人は18日15時に那覇空港に着き、ゆいレール県庁駅から徒歩15分の不屈館へ、閉館時間にぎりぎりだったのでタクシーで向かいました。

【10月18日】

那覇市の不屈館http://senaga-kamejiro.com/about.html

ちょうど名古屋の名宝会館小劇場で「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」を上映していたのでこの旅行の前に見ていたので、館内でビデオ上映もありましたがおおよそのことは理解できました。

米軍基地内に読谷村役場をつくった山内徳信さん、伊江島の阿波根昌鴻さんは知っていましたが、それまでカメジローさんのことは知りませんでした。不屈の政治家たちがいる沖縄、羨ましいです。

【10月19日】 沖縄本島の最北端 辺戸岬 http://huzu.jp/blog/4028/

今年オープンした資料館もあり。

 

名護市 ハンセン病国立療養所・沖縄愛楽園https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/hansen/airakuen/site/top.html

偏見・差別・迫害のハンセン病隔離政の策は、1907年(明治40年)~1996年(平成8年)まで90年間続きました。

 

学芸員さんによる早田壕の説明

早田壕は、無数の貝が混ざる(末端神経が麻痺するハンセン病患者には、作業にあたって貝で手に怪我しても感じないゆえに化膿しても治療も不十分な状態)隆起珊瑚礁の丘に掘られた。過酷な壕掘り作業や栄養失調、マラリアなどにより、昭和19年(1944)9月から翌年12月までに289人もの患者が亡くなった。

人権侵害は、現在もいろいろな形であります。無関心がそれを広げていきます。今回このツアーで始めてハンセン病隔離政策での踏みにじられた人々のことを知ることができました。国の謝った政策で90年も翻弄された人々と家族、裁判は補償への段階へきていますが、徹底的に隔離していったように、徹底的にこの政策は誤りであったことを伝えて言って欲しいと家族の一人の人のメッセージがこころに残っています。

【10月20日】

伊江島(本部からフェリーで30分) 命どぅ宝の家・謝花悦子さん訪問

《カカオフレンズツアー報告 その2にて報告》

4箇所めぐり、3日目にやっと沖縄カカオプロジェクトの材料生産者さんに会う。

具志堅敦子さん

■西平黒糖 チョコレートに必要な砂糖の黒糖は沖縄伝統の七ツ釜製法■

沖縄の黒糖、すぐにみつかると思ったオーガニックの黒糖に、やっとめぐりあったのは「西平黒糖」本部(もとぶ)町渡久地(とぐち)。

1960年半ばごろには県内各地から姿を消した窯出しの黒糖作り。71年に創業者の西平賀正さんが復活。現在は娘さん具志堅敦子さんがあとを継ぐ。

自社栽培のサトウキビを圧搾し、昔ながらの手作業で不純物を取り除きながら薪釜炊きを7回くり返して煮詰め、原液となるさ-たーゆー(黒糖液)に仕上げていく。

 

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