生産者を訪ねる旅

【未公開分】2019年10月18日~22日沖縄カカオプロジェクト の カカオフレンズツアー報告 その2

②資本主義とフェアトレード

【10月21日】

反戦平和資料館「ヌチドゥタカラ(命こそ宝)の家」

伊江島(本部からフェリーで30分) 命どぅ宝の家は以前訪問したことはありましたが、その時は「日本のガンジー」と呼ばれた人阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)さんの反戦平和資料館を阿波根さんが亡くなられた数年後に訪問。著「命こそ宝」「米軍と農民」を読んだのは最近のことでした。戦争で伊江島でおきたこと、戦争がくり広げるむごいことが繰り広げられていた。(実は、日本が朝鮮や中国でしていたことでもあるのだけれど)彼の行動は、なみの人ではないことを痛感。

『命こそ宝―沖縄反戦の心』(岩波書店、1992年)

『米軍と農民 沖縄県伊江島』(岩波書店、1973年)

 阿波根 昌鴻(あはごん しょうこう、1901年3月3日 – 2002年3月21日)は、日本の平和運動家。日本のガンジーとも言われ、座って、肩より手を上げないという取り決めをして抗議交渉。戦後、アメリカ施政権下の沖縄の伊江島で米軍強制土地接収に反対する反基地運動を展開、沖縄本島では乞食行進をして伊江島での実情、農民にとって農地がなければ食べていけない、生きるために乞食(托鉢)を決意、乞食することは恥だが、そうさせるアメリカ軍はもっと恥と、アメリカ軍による土地強奪の不当性を訴える。

農民の苦悩に満ちた生き方と、知恵に富み高い道義に立った根気のいる長い必死の闘いがこの2冊に記録されている。自宅敷地内に反戦平和資料館「ヌチドゥタカラ(命こそ宝)の家」を自費で建設

命どぅ宝

阿波根昌鴻さん 「わびあいの里」

https://www.facebook.com/wabiainosato
http://wabiai.holy.jp/

謝花悦子さんと

はじめに、「何しているの?」という問いに「フェアトレードの店をしています」の答えに「フェアトレードって何?」と聞かれ、コーヒーやチョコのことを例にとり説明し、ネパリ・バザーロは28年、フェアトレード・ショップは24年と話をすると「いいことだね、出来ればいいね。だけではなく20年以上行動していることが素晴らしい。木だって大木になる。」

阿波垠さんも一人息子さんがみえたが、沖縄戦で戦死。謝花さんが養女となり50年寄り添うなかで今も阿波垠さんのメッセージを伝えている。

阿波垠さん『資本主義を替えることは無理、例え軍備が無くなっても闘いは終わらない。いかに平等に分配するかが重要。資本主義はお金さえあればだが、お金はいくらあっても無くなる。土は人間に還元してくれる。人間が生きるには土地が大事、何年使っても糧を与えてくれる。』と彼のメッセージを伝えながら

阿波垠さんに「生きている時に会わせたかった」と言ってくださった謝花さん。

これはフェアトレードの活動をしている人みんなへの言葉だと思いました。また20年以上続けてこられたのはそれを支えてくれる人々がみえてのことだけれど。

おもえば、体の不調で休むこともなく、生産者を訪ねる旅には10ヶ国でかけ、子どもらも成人してそれぞれの道を歩むことで安心して仕事を続けられたことに自分でもびっくりするくらい24年という月日の重さを実感した。夫や恵まれたスタッフなどすべて感謝しかない。

謝花さんに、フェアトレードに出会って心動かしたメッセーを頂いたのですが、実は今年と昨年と謝花さんに会い、カタログなど資料も送っていたネパリ・バザーロのいままでのつながりがあって、この日ガッチっと謝花さんの心に届いた日でもありました。

以下、ネパリ・バザーロの土屋春代さんのブログより転載

≪「命どぅ宝の家」@沖縄、伊江島 ≫

「基地を開放しても、闘いは終わらない。資本主義の中で、物が平等に分配されるまでは。」

「資本主義の根本を知り、その上で闘わなければならない」

2月の沖縄訪問の際、阿波根さんのずっと側にいらした謝花悦子さんからお話を伺い、衝撃的な言葉を聞くことができました。生前、常に阿波根さんが問い続けられていたことだそうです。

まさに、私たちの活動に重なるものだと思いました。戦略的、積極的非暴力であるフェアトレード。

日本のガンジーといわれる阿波根さんの魂受け継ぎ、そして無残に失われてしまった尊い命の声なき声を胸に刻んで、地道な活動を続けていこうと、改めて心に誓いました。

最後に、謝花さんからのメッセージです。
「これから生まれる子どもたちに、平和な社会を残すか、戦場を残すか。あなたたち、一人ひとりの肩にかかっています」

資料館では、暮らしと共にあった品々に手を触れて、先代の体温を感じ、言葉の一つひとつを心に刻みました。
(2018.2.11訪問)

まさに、フェアトレードは今の経済に抗う市民の運動それは以下のメッセージにもスイッチでき、私の心のなかでは今回の旅は、フェアトレード運動・実践を続けていくことを阿波垠さんや謝花さんにも後押しされた思いです。

高田・土井・土屋・謝花さん・高橋

以下は、今回一緒にカカオフレンズツアーに参加した高田洋子さんのメッセージです。

フェアトレードとイギリスの経済学者JSミル

2019年9月18日ユニオン学校にて たかだ洋子&土井ゆきこ

2019年10月18日~22日沖縄カカオプロジェクト の カカオフレンズツアー報告

③沖縄、福島を深く知ることで今の様々な問題がみえてくる

 

【10月21日】名護 ネクストステージ

【未公開分】2019年10月18日~22日沖縄カカオプロジェクト の カカオフレンズツアー報告 その1

■参加するきかっけ

2019年5月26日 5月フェアトレード月間企画として

「沖縄カカオプロジェクト発進!」 ~国内フェアトレードを語る~と題してネパリバザーロ創始者・現会長の土屋春代さんにお話をして頂きました。

20190526沖縄カカオプロジェクト講演チラシ

http://www.nagoya-fairtrade.net/?p=21156←報告はこちら

28年の活動を続けるフェアトレード団体ネパリバザーロは、3・11以降「国内フェアトレード」ともいわれる活動をはじめました。

「国内フェアトレード」その1は、東北の材料とネパールの蜂蜜から自然派化粧品「クーネ」の開発販売。

その2は、2017年沖縄産カカオの夢と題して~沖縄カカオプロジェクト~開始!

沖縄にカカオ栽培を拡げ、新たな産業を築き、福島の子どもたちの保養を支えるために「カカオフレンズ」を募集し、現地沖縄を訪ねるツアーも開始。

このカカオフレンズツアーもは、第1回目は11月16日~19日・第2回目は2月8日~11日現地集合解散で開催されます。

今回さきだってそのツアーに参加してきました。3回にわけて報告します。

①遠回りのスタディーツアー

②フェアトレードと資本主義

③沖縄、福島を深く知ることで今の様々な問題がみえてくる

■■■■■カカオフレンズツアー報告 その1■■■■■

①遠回りのスタディーツアー

いままで10ヶ国ぐらい海外のスタディツアーに参加しましたが、今回のツアーはちょっと変わってました。

沖縄についたものの、瀬長亀次郎の不屈館・辺戸岬・ハンセン病国立療養所を訪ねたりと、なかなか生産者との出会いはありませんでした。

それは、この「沖縄カカオプロジェクト」の意義を知る為には、沖縄の歴史・現在を知ることが欠かせないという今回のツアーの案内人、ネパリバザーロの土屋春代さんの思いがありました。

19日現地那覇集合の前日、中部国際空港をたった名古屋からの旅人土井・たかだ・高橋の三人は18日15時に那覇空港に着き、ゆいレール県庁駅から徒歩15分の不屈館へ、閉館時間にぎりぎりだったのでタクシーで向かいました。

【10月18日】

那覇市の不屈館http://senaga-kamejiro.com/about.html

ちょうど名古屋の名宝会館小劇場で「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」を上映していたのでこの旅行の前に見ていたので、館内でビデオ上映もありましたがおおよそのことは理解できました。

米軍基地内に読谷村役場をつくった山内徳信さん、伊江島の阿波根昌鴻さんは知っていましたが、それまでカメジローさんのことは知りませんでした。不屈の政治家たちがいる沖縄、羨ましいです。

【10月19日】 沖縄本島の最北端 辺戸岬 http://huzu.jp/blog/4028/

今年オープンした資料館もあり。

 

名護市 ハンセン病国立療養所・沖縄愛楽園https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/hansen/airakuen/site/top.html

偏見・差別・迫害のハンセン病隔離政の策は、1907年(明治40年)~1996年(平成8年)まで90年間続きました。

 

学芸員さんによる早田壕の説明

早田壕は、無数の貝が混ざる(末端神経が麻痺するハンセン病患者には、作業にあたって貝で手に怪我しても感じないゆえに化膿しても治療も不十分な状態)隆起珊瑚礁の丘に掘られた。過酷な壕掘り作業や栄養失調、マラリアなどにより、昭和19年(1944)9月から翌年12月までに289人もの患者が亡くなった。

人権侵害は、現在もいろいろな形であります。無関心がそれを広げていきます。今回このツアーで始めてハンセン病隔離政策での踏みにじられた人々のことを知ることができました。国の謝った政策で90年も翻弄された人々と家族、裁判は補償への段階へきていますが、徹底的に隔離していったように、徹底的にこの政策は誤りであったことを伝えて言って欲しいと家族の一人の人のメッセージがこころに残っています。

【10月20日】

伊江島(本部からフェリーで30分) 命どぅ宝の家・謝花悦子さん訪問

《カカオフレンズツアー報告 その2にて報告》

4箇所めぐり、3日目にやっと沖縄カカオプロジェクトの材料生産者さんに会う。

具志堅敦子さん

■西平黒糖 チョコレートに必要な砂糖の黒糖は沖縄伝統の七ツ釜製法■

沖縄の黒糖、すぐにみつかると思ったオーガニックの黒糖に、やっとめぐりあったのは「西平黒糖」本部(もとぶ)町渡久地(とぐち)。

1960年半ばごろには県内各地から姿を消した窯出しの黒糖作り。71年に創業者の西平賀正さんが復活。現在は娘さん具志堅敦子さんがあとを継ぐ。

自社栽培のサトウキビを圧搾し、昔ながらの手作業で不純物を取り除きながら薪釜炊きを7回くり返して煮詰め、原液となるさ-たーゆー(黒糖液)に仕上げていく。

 

【生産者紹介】フィリピン・プレダ基金カレン神父講演(2010年4月5日)静岡市葵区音羽町にある日本福音ルーテル静岡教会にて

フィリピン・ブレダ基金のカレン神父さんの手は大きく、力強い握手でした。

2010/04/05

2010年4月5日 静岡市葵区音羽町にある日本福音ルーテル静岡教会にて

カレン神父s

シェイ・カレン神父講演 「子どもたちを人身売買から救ううために」

1974年に設立のプレダ基金は、10数年前(2010年時点)から「ドライマンゴ」の商品がフェアトレード・ショップ風”sに届いており、その説明には少女たちの人身売買から救うための活動というような説明もありました。

またカスパル(特別救済活動カスパル(CASPAR)・アジアの性虐待と貧しさに苦しむ子どもたちを救う会)のニュースレターにも、小さな罪で子ども達が大人と一緒の劣悪な監獄に入れられている事を世界にアピールして改善させたと、カレン神父さんの話がでていて、どこで結びつくのかちょっと疑問でしたが、今日お話を伺って謎がとけました。

ものすごく行動派の神父さまということです。

以下のプレダのビジョンにあるように、法の設立までもかかわり、ヨーロッパ各国の会議や会議委員会あてに文書キャンペーンを張って、フィリピンの最高裁が下級裁判所の触法青少年処遇を改善するよう援護射撃を求めた。その結果、EUはフィリピンの最高裁改善プロジェクトチーム(エブリン・ダムダム・トレード主宰)に対して、教育資金として200万ユーロを支出することを決めた。

また、ドライマンゴの製品のように、小さな農家から大きいのも小さいのもすべてマンゴを買い取り、いままで独占的に価格を決めていた体制を崩しフェアなビジネスを始めた。プレダが高く買うので、他のマンゴ生産者も売値が高くなったということです。工場も衛生的に完備され、ドイツやイタリアなど市場も広がっています。

マンゴS

doraimanngoドライマンゴ裏s

PREDA(プレダ)基金は、フィリピン・オロンガポ市にある子どものためのNGO
People’s 住民の
Recovery,         権利回復
Empowermennt and  活力付与
Development       発展のための
Assistance         援助組織
使命とビジョン
(1)貧しいもの・権利擁護を要する人々を力づけるような法の設立とその行使のために尽くす
(2)女性や子どもたちの人権を対象とするあらゆる種類の性的加害を防止する。
(3)フェアトレード(公正取引)を奨励し、無利子で融資、技能訓練、市場への進出機会を提供することで、生産者を支援する。

アイルランド人のシェイ・カレン神父とフィリピン人のヘルモソ夫妻によって1974年に設立、89名のスタッフ。

公正・自由・平和・繁栄をフィリピンの社会に実現することを目指す。特に子どもたちの権利を擁護し、富の再分配により貧困を克服する。よき環境を保全し、原住民の文化を尊重し、住民参加による力強い地域社会を建設する。

★今年7月公演予定

プレダで生活をしている子どもたちが劇団をつくり、演劇を通して問題を訴えたり、問題の追跡や研究を行っています。
その劇団が「フィリピンの少女 ピア~性虐待をのりこえた奇跡~」を公演する予定だそうです。

ピアs

https://www.preda.org/

フェアトレード組織であるProfairtrade

プレダフェアトレードは最近、2014年2月に40周年を迎えました

これは、世界規模で活動するフィリピンの組織であり、小規模農家や人身売買の被害者、人身売買の被害者、そして人々や環境のあらゆる種類の搾取を支援しています。プレダフェアトレードは持続可能性を目指して努力しており、その仕事のすべての側面であり、その使命の中核は環境と脆弱な人々を保護することです。

世界フェアトレード組織(WFTO)により、WFTO登録証明書に正式名称PROFAIRTRADEDevelopmentEnterpriseでフェアトレード組織として認定されています。

Profairtradeと社会開発組織であるPredaFoundationは別々の組織ですが、互いに緊密に連携して、受益者に利益をもたらすために互いに支援しています。

貿易組織 の正式名称は、フィリピンを拠点とするPredaFairTradeとして知られるProfairtradeDevelopmentEnterprise (www.predafairtrade.net)です。フェアトレードの基準と社会的および道徳的責任の原則に基づいたフェアトレードの独立した貿易組織であり、小さな果物栽培農家、職人、工芸品メーカー、小さな独立した生産者を支援することを主な目的としています。

それは特に先住民を助けます。それは、労働条件と生活条件を改善するために生産者に公正な価格と保険料の支払いを提供します。虐待され搾取された子供や女性を救うプロジェクトや、貿易の正義、人権、環境保護のためのキャンペーンに資金を提供しています。売上の一部は、年間2000本ものマンゴーの苗木を植えるために使われます。それは生産者にサポートとトレーニングを提供し、工芸品メーカーに医療保険給付を提供します。

社会正義のために働く。Profairtradeは、社会正義、搾取との闘い、人身売買、子供と女性の虐待を促進し、人権侵害の犠牲者、特に刑務所内の未成年者を支援するために余剰収入を費やしています。それは、性的虐待や商業的性的搾取の被害者である子供たちに、癒し、法的支援、治療、教育、再統合を行う安全な家を提供します。

PredaFoundationInc.およびProfairtrade。子供と人権侵害の犠牲者のためのプロジェクトは、Preda FoundationInc.として知られる別の慈善団体を通じて実施されます。People’sRecoveryEmpowermentand Development Assistance(PREDA)Foundation Inc. (www.preda.org)は、1974年にオロンガポ市に設立されました。シェイ・カレンによる、香港に本拠を置く聖コロンバン会のアイルランド人会員。今日、63人のプロの有給従業員が子供たちを助けるさまざまなプロジェクトを実施しています。

プレダフェアトレードとしても知られるプロフェアトレードは、1975年に、プレダのソーシャルワーカーによって通りや刑務所から救出された法律に抵触する若者のための工芸品製造を確立することから始まりました。これらの子供たちは、独裁者フェルディナンドマルコスの戒厳令体制の死の部隊による即決処刑の標的でした。Predaプロジェクトによって多くの若い命が救われました。

クラフトメーカーへの支援は1975年に始まりました。小規模農家、男性、女性とのプロジェクトは21年前、1993年に始まり、Profairtrade(Preda Fair Trade)は小規模マンゴー農家とのパートナーシップを開始し、マンゴーやその他の果物を適正価格で購入しました。それらを乾燥マンゴーに加工し、後でマンゴーピューレまたはマッシュに加工してフルーツドリンクを作ります。多くの小規模農家は、価格操作の果物購入者のカルテルを形成する一部のトレーダーによって搾取されていました。

協同組合の小規模農家と協力する。Profairtradeチームは、小規模農家の協同組合、協会、個々の生産者とのつながりを確立し、Predaがプレミアムを追加することで一般価格よりも高い価格でマンゴーを購入した農家の小さなグループを形成しました。乾燥と製品開発は、Predaの乾燥果実製品の包装も行う高品質の熟練した加工パートナーであるProfoodと提携して行われました。

マンゴーの購入。価格の変動は、供給と需要の法則に従って商業トレーダーによって操作されます。Predaは、一般的な最良の価格を支払い、1キロあたりのボーナスまたは配当を支払います。Profairtradeは、差別や一部の商業トレーダーの慣行のような選択的な慣行なしに、すべての形とサイズのマンゴーフルーツを同じ高価格で購入します。プレダはまた、先住民族に開発教育と支援を提供し、土地問題、台風災害、住宅プロジェクトを支援し、農民、特に先住民族に水やその他の開発プロジェクトを提供しています。

マーケティング。売上が伸びました。輸入パートナー、世界のショップ、プレダフェアトレードの顧客のおかげで、マンゴーの売り上げは大幅に増加し、長年にわたって農家から購入した果物の量も増え、より良い価格を提供しました。購入はより高い価格で行われ、農民は何百万キロもの新鮮なマンゴーがProfairtradeとProfoodによって購入されるまで、PredaとProfoodに販売することを好みました。これは、価格操作カルテルの挑戦的な競争を生み出しました。

プレダフェアトレードは、いくつかのカルテルを弱めるのに役立ちました。マンゴー製品の需要が高まり、競争が激化した。マンゴー果実の価値は、すべてのマンゴー生産者、特に数本の木しかない小規模生産者の収益を着実に高めています。彼らは犠牲になり、価格操作カルテルにだまされます。

商業トレーダーは選択し、より低く支払います。多くの商業バイヤーはすべてのマンゴーを購入するのではなく、「テーブルマンゴー」と呼ばれる傷のない最高の果物のみを選択します。これらは商業トレーダーが香港、日本、中国、シンガポールに輸出するための新鮮な果物です。収穫の残りを「拒否」として拒否し、農民はそれらの販売から何も得られません。彼または彼女が地元の市場にそれらを売ることができるならば、彼または彼女は拒絶者から稼ぐ唯一のチャンスです。しかし、収穫期には、豊富な果物がマンゴーの価値を非常に低くし、農民はほとんど何も得られません。

プレダフェアトレードは、すべてのサイズ、形状、色の傷のある肌を購入するかどうかにかかわらず、プレダはキロあたり同じ高額を支払い、それぞれが加工工場に届ける量に基づいて農家にもボーナスを支払います。

小規模農家とは、所有者または小作人として50〜100本以下の木を手入れする農家のことです。すべての木が毎年開花するわけではありません。おそらく半分だけが開花して実を結ぶでしょう。マンゴーの量は天候によって異なります。台風、洪水、干ばつや昆虫の蔓延、作物に損害を与える可能性のある真菌の攻撃。収穫は1年に1回だけであるか、自然に育った木が2年ごとにしか実を結ばない場合があることを覚えておく必要があります。

そのため、小規模農家は時々特別な支援を必要とします。そのため、プレダはコーヒーの苗とココナッツの苗を使って寄付することで新しい支援を導入し、一年中収入を増やして二毛作をしています。彼らは米や野菜を栽培しており、混合農業を行っています。しかし、私たちはこれを拡大して、コーヒーが彼らにとって新しい製品になるようにしたいと考えています。先住民のような他の人々も、彼らの生活を補うためにバスケットを作ります。プレダは農民にペディカブ自転車を与えたので、彼らは不作の後に生計を立てることができました。

プレダは有機栽培を促進しており、化学物質の使用に反対しています。アエタ族の先住民は何世代にもわたって野生のピコマンゴーを収穫してきましたが、それらは自然に育ち、プレダはピコマンゴーの品種を開発し、オーガニック認証を取得するのを支援しています。

他の多くの種類の果物が購入されますが、少量です。ProfairtradeとProfoodは、あらゆる形とサイズのマンゴーフルーツ、パイナップル、パパイヤ、ガイアバーノ、パッションフルーツ、カラマンシーを購入しますが、金額は少なくなります。農家が求める価格を常に支払い、一般的な価格を上回り、プレミアムまたはボーナスを追加します。現在、プレダドライマンゴー、マンゴーココボール、ドライグリーンマンゴー、シュガーフリードライマンゴーは、アイルランド、英国、ヨーロッパと日本の世界のショップ(www.predafairtrade.net)で購入できます。

農家に直接保険料を支払う。マンゴーの配達時に農民に公正な価格が支払われる一方で、プレダフェアトレードの農業従事者は収穫時に購入するために農民を訪問し、透明性と文書化の理由から保険料を別途支払います。Predaのパートナー、世界のショップの人々、顧客が招待され、ボランティアまたはPredaを訪問して、フェアトレードの農家の受益者に会うことができます。彼らはまた、仕事を訪れて参加し、プレダの子供たちの家で子供たちを助けることができます。これにより、学生、ボランティア、パートナー、およびPredaフェアトレード製品の顧客が、農家の何人かを知り、彼らを訪問する機会が与えられます。

特にルソン島北部の3月から6月の収穫時期には、訪問者とボランティアを歓迎します。ミンダナオでの収穫は1月から8月です。プレダのフェアトレードは、最大の果物だけを識別して選択することなく行われ、サイズに関係なく拒否します。すべてが皮をむかれ、スライスされ、乾燥されるため、傷があります。すべてのサイズが購入されます。これは、小規模農家や生産者にとって大きなメリットです。

化学薬品を含まないマンゴー。プレダフェアトレードでは、防腐剤や着色料を加えずに乾燥させた独自の化学薬品を含まない乾燥マンゴー、完全に天然のマンゴーピューレもあります。ピューレまたはマッシュはドイツに輸出され、有機リンゴと組み合わされて、リンゴマンゴーやマンゴーオレンジなどの果物になり、新しい飲み物やスムージーが作られます。これらは健康的で、多くの果物と同様に強力な抗酸化物質になる可能性があります:
www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0023643806000673

土地の権利、正義のための行動。

Preda FAIR TRADEは、先住民の先住民の生産者と協力して、彼らを有機栽培に取り入れています。Profairtradeはまた、トレーニング、地域教育、学用品、ペディキャブなどの他の支援を提供する最貧層の家族に追加の支援を提供します。能力訓練と製品開発セミナー、手工芸品や他の生産者のための住宅支援があります。これらのトレーニングセミナーと能力開発のいくつかは、Preda生産者の製品を輸入および流通する先進国のPredaパートナーと協力して行われます。
土地の権利と先祖代々の領域のための闘争全国的な運動です。プレダフェアトレードプロジェクトの先住民は、自分たちの土地の権利を取得し、鉱業会社、伐採業者、虚偽の請求者から土地を保護するための支援と支援を受けています。プロジェクトは、コミュニティに付与された土地証明書で成功しています。

毎年2000本の樹木が植えられており、プレダのフェアトレードによって実施され、代金が支払われる植樹プログラムの下で、毎年さまざまな種類の樹木が植えられています。これは、小規模農家や先住民にとってのPredaフェアトレードの追加のメリットの1つです。Predaフェアトレードでは、ログアウトした森林破壊された土地を復元するために、毎年2,000本のマンゴー接ぎ木苗木とその他の樹種、マホガニー、チーク、デマリマなどを提供しています。

移植された木の苗木は、5〜6年以内に生き残り、グループ化して最初の果実を生産する可能性が高くなります。7月から10月の雨季には、プレダの若者グループと国際ボランティアが植栽に参加します。これは、農民がマンゴーの木の農場と収入を拡大するのに役立ち、また土壌が侵食されて流されるのを防ぎます。森林破壊された土地に木を植え替えることのもう1つの気候上の有益な効果は、地球温暖化と大気中のCO²を減らすことです。ボランティアも農民を訪問し、時には彼らは村に住み、畑で彼らと一緒に働くことを選択します。

プレダフェアトレードは、小規模な工芸品生産者グループや職人グループを支援し、メンバーがデザインを改善し、新製品を作成して国内外で製品を宣伝し、能力開発トレーニングや無利子の生産ローンやその他の形態の支援を提供します。使用される材料は持続可能で環境にやさしく、一部の製品はリサイクルされた原材料で作られています。

生産者を訪ねる旅 振り返り ネパールのNGO団体『マハグティ』2003/8/17 No.98 風のたより98号

2003/8/17 No.98 風のたより98号

■ ネパールのフェア・トレード生産者を訪ねて…

今回8月6日夜中関西空港出発~16日早朝帰国、10日間ネパールに滞在して、日本 のフェア・トレード団体『ネパリ・バザーロ』の生産者団体の人々に出会うことが 出来ました。 『ネパリ・バザーロ』は、1992年から母体となるNGOベルダレルネーヨ(ネパール の女性の自立と子どもの育成支援の会)のフェア・トレード部門として活動してい ます。風”sはその4年後1996年にオープンしました。

『ネパリ・バザーロ』のパンフレットは、始め手書きのものでした。段々に発展し て今はVol.8でA4サイズ51ページに成長、ネパール一国に絞り丁寧にフェア・ト レードの糸を紡いでいる団体です。今回の旅行でそのことを確かめることができま した。手・間・暇かけての製品、手・間・暇かけての商品開発と継続。小さな団体 を一つ一つ育てて行く、「ゆっくりでしかできない仕事」であるフェア・トレード の現実に触れることができました。

■ パンフレットの奥の世界が見えました!

以前から見慣れたパンフレットが、今回の旅行の後で見てみると奥行きと広がり、 整然としているとは言えない現場ではあるけれど、周りの緑ある風景、心のつなが り、出会いの嬉しさ、こんなにも幸せな気持ちになるとは思っていなかった。嬉し いのです。この人、私と会った人、この工場は私が見た現場。

一つ一つの商品につ いてお客様に語ることが出来る。そして仕事を待っている人につながって行く手応 えを感じることが出来る予感が嬉しい。 はじめにネパールでもっとも古いNGO団体『マハグティ』の事務所を訪ね、ス タッフの案内で「トゥルシ・メハール・アシュラム」に車で出かけた。若き日をマ ハトマ・ガンジーと共に過ごしたネパール人、トゥルシ・メハール氏が最低辺の女 性とその子ども立ちの避難所として開いた所です。

■ 訪問1日目 アイピローはここで作られていた…

『ネパリ・バザーロ』の人気アイテム! 「洋服を作ったあとなどの端切れで何か作 れないか?」ということで生まれたタマとポチと名付けられたアイピローは、中に 亜麻の実100%。だから沈静作用などの作用で目の上に置くと「らく~」になる し、ちょっと置いているだけで愛らしい。すぐ仲良しになりそうな縫いぐるみで す。

プレゼントにも大人気。プレゼントする機会毎に買いに来て下さるお客様も老 若男女問いません。 この人気商品が作られているところに行く! と聞いてわくわくしました。 赤煉瓦造りの中庭を囲み建てられた2階建ての建物の各部屋では、ミシンで縫った り、織ったり、型染めをしていたりしていました。 窓から見える景色は、緑・緑・緑の部屋のなかでミシン3台、奥の裁断机での作業 の他、首のところなどの手での縫いつけ作業もしていました。「顔の表情のところ が難しい」と言っていました。

■ 常に頭を回転させ…よりよい商品作りと商品開発

『ネパリ・バザーロ』の担当者は品物を手に、注意事項など伝達していました。 現地の生産者&フェア・トレード団体~日本のフェア・トレード団体~風”sなどの 日本の小売店へと手渡された商品は、時にお客さまよりクレームを頂きます。

それ を日本のフェア・トレード団体通じて現地の生産者に伝え、よりよい商品を育てて ゆきます。『ネパリ・バザーロ』代表土屋春代さんは、年に4~5回現地を訪れて は、しっかりコミュニケーションを取りながら商品開発という仕事もこなします。

■ 1927年に生まれた『マハグティ』はガンジーの思想のもと

… 創設者トゥルシ・メハール氏自身貧しい生活をしていた人で、少年時代から貧しい 人たちへの優しい目と、社会の悪に反対する心を持っていた人だそうです。

以下「マハグティ」の紹介は「VERDA Vol.6」より 1972年に、夫に捨てられ生活手段を無くした女性や寡婦など、最底辺の 女性と子ども立ちの避難所として「トゥルシ・メハール・アシュラム」 を開きました。

そこでは技術を身につけ仕事を持つことが他者の支配か ら逃れ、自立する道であるというガンジーの思想のもと、機械や糸紡ぎ の技術指導が行われており、その販路開拓と「アシュラム」の資金づく りを目指して、1984年、マーケティングのNGO「マハグティ」を誕生さ せました。

「マハグティ」は市場を見つけることができず厳しい生活を強いられて いた遠隔地の生産者の調査も進め、地方の伝統技術を応用しダカ織り、 アローなどの製品をいち早く開発、商品化した功績は多大なものがあり ます。「マハグティ」では、アシュラムや他の訓練所で技術を習得した 女性たち30人が織り、染め、縫製などに分かれてきびきびと楽しそうに 仕事をしています。

■ 食堂・寮・学校・医療施設など…

中庭を囲んで建てられた仕事場の赤レンガの2階建て建物の他に、食堂があり、医 療の建物、寮、小さな子たちの学校など設備が整っています。

とはいえ私自身から 見たら、ベッドしかない自分の領域、「つらいな~」という実感ですが、現実は住 むところもままならぬ人にとってこの「アシュラム」は、衣食住が保証され、2年 間の職業訓練を受け、仕事の販路先に「マハグティ」があるという心強さマハト マ・ガンジーさんの精神が受け継がれたこの「アシュラム」が存在することは素晴 らしい。販路を担当している「マハグティ」から日本でもいくつかフェア・トレー ド団体が仕入れて販売しています。

■ 「マハグティ」に向かうタクシーでは歌う運転手

なんと陽気に歌うのです。はじめはタクシーブギとか歌って、通訳して下さった 『ネパリ・バザーロ』男性スタッフが聞いたところちょっと自分で作って歌ってい る所もありとか。 次なる曲はネパールでは大変ポピュラーな曲「レッソン・ピリリー」とかいう曲で 絹のすれる音という意味だそうです。

そのスタッフも知っていて以前訪れたところ で子どもたちが歌ってくれたそうなので、彼も運転手と一緒に歌っていた。 私は いい曲だな~、聞いたような~~とず~~っと気になっていたら、翌日ふと思い出 した! そうだ! 中根麻衣さんの「愛はどこに」と同じ曲だと思い出した。

今年の3月に麻衣さんのとっても素敵なコンサートを聴き、そのことは風のたより 87号でお伝えしましたね。このことはすっきり、そして嬉しくてしかたない出来 事でした。 今回で同行したGAIAの会のメンバーさちこさん(実はネパールの人にネパールの名 前を付けてもらいました。プルマヤさんと)も麻衣さんのコンサートは一緒だった ので、思い出した後は互いに大喜び、彼女はネパールでCDも買いました!

2019年2月4日~7日AWEP(アジア女性自立プロジェクト)のスタディツアー「タイのチェンライ、バーン・トーファン(夢を織る家)を訪ねる旅2019」

スタディツアーとは、主に途上国でNGOが活動する現場を視察したり、ボランティア活動などを行う旅行のことで、 体験学習や現地の人々との相互理解を目的としています。 一般のツアーとの最も大きな違いは旅行の目的です。 一般のツアーは観光が主な目的ですが、スタディツアーは旅を通して「学ぶ」ことが目的です。

フェアトレードの団体は、スタディツアーを企画することで、生産者と消費者を結びつけお互いが交流することを促進、参加者は観光旅行では味わえない楽しさ、良さがあります。また生産者にとってもいい刺激になります。

店の品々の奥には生産者さん達の顔があります。その背景を知る事、伝える事ができるのが風”sの店のエネルギーの元です

2019年2月 AWEP(アジア女性自立プロジェクト)*の「タイ・チェンライ・バーン・トーファン(夢を織る家)を訪ねる旅2019」のスタディツアーに2月4日~7日まで参加。AWEPのスタディツアー参加は3回目.

*アジア女性のエンパワメントに取り組む団体で、 エンパワメントとは、能力をつけていくこと、自己決定の選択肢を持つこと、そのための環境を獲得していくことを目的とし、海外事業では、フェアトレード等を通じた女性の自立を促進する活動、国内事業では日本に住む外国人女性の生活相談や情報提供を通じた生活支援他。

1日目=2月4日(月) 午前 チェンライ空港集合(現地集合)

チェンカムへ。BTF作業所でミーティング

2日目=2月5日(火) BTF作業所でミーティング

タイ山岳少数民族ヤオ族の村を訪問し交流(プレゼント交換)

BTF作業所メンバーと夕食(タイ・スキでした~)&交流会

3日目=2月6日(水)メースーワイへ。土の家(日干煉瓦で作った家)にチェックイン

染色家ノイさん訪問・村の機織りグループ 訪問。温泉へ。

4日目=2月7日(木) アカ族の村を訪問、コーヒー工場見学(現地解散)

今回尋ねたBTFで手にとった、手織り・草木染め・ヤオ族の手刺繍、見れば見るほどに欲しくなります。そこに関わった人たちの思いや、その製品に関わった時の経過などが伝わってくるのだと思います。

タイは経済成長が順調なようで、道路も整備されていて、今回の行程では貧しい~という家は見受けられず、車も殆ど日本車が走っていました。

とはいっても首都バンコクには首都バンコクにはスラムが約2,000ヶ所、200万人が暮らしています。

■バーン・トーファン(Baan Tho Fan)

バーン・トーファンは、家族が出稼ぎで離ればなれになることを防ぎ、村での農業を基盤とした暮らしを守るため、農閑期に伝統的刺繍を活かした製品を生産しています。

刺繍はタイ山岳民族の一つヤオ族のクロスステッチによる刺繍で、ヤオ族も出稼ぎにでなくても暮らしていけるよう、また刺繍の伝統の灯りが消えてしまわないように仕事づくりが必要で、バーン・トーファンの女性達と連携をとって手織り・草木染め・手刺繍の雑貨を作っています。

 

山岳民族のヤオ族は、出稼ぎにバンコクへ行っても差別をうけています。1日315バーツのところヤオ族出身は250バーツしかもらえない。子どもと離れて暮らさなくてもいいように刺繍の仕事などがもっとあればいいけれど、その刺繍も受け継がれていかない現状もある。世界中で織り・染め・刺繍など伝統・技術が失われて行く様子は寂しい。手間暇かける心の余裕、暮らしの余裕が失われていくということですね。

ヤオ族の家にて

 

2月5日は旧正月でヤオ族の村では、太鼓や笛をならして家々をまわり、お札のようなものを各自が持ち、前に後ろに立ったり座ったりお辞儀をして、最後はそのお札を燃やしました。

お札を燃やす

赤く色つけたゆで卵を紐で下げ首にかけてもらいました。行くところ出会う人から頂いたので8個くらい首から玉子がぶらさがりました。

 

 

 

人身売買の被害をなくす為の村での仕事作りも経済発展とともに、BTFでもメンバーが減り、製品の刺繍を担うヤオ族も刺繍を続ける人が減少しているという。人身売買の被害が減少したのであれば目的は達成したのであるが、なにか手仕事の伝統が失われていくという寂しい現状を見ることになりました。

 

ヤオ族の伝統刺繍

とはいえ、山から下りてきた山岳民族の生活は今も出稼ぎをしなければ暮らしていけない状況もあり、出稼ぎ先では給与など差別も受け苦しい状態であることは変わりない。

アカ族の人の話も伺いました。37年前にその方の祖父が移住。家族のために働いて外との交流はなく自給自足だったが、タイ社会の経済に巻き込まれ養っていくためには支出が増え、売るための作物をつくり始めた。

自給自足の生活は、味も素朴だったが、味の素がはいり、野菜や米も買ってくる、それらは農薬の心配もあり、村の健康状態はよくない。

山の木を切った耕作地に農薬をまくので雨期には流れてきて、奇形の魚も現れ、今では水も買っているという。

旅の途中で見晴らしいのいいところで休憩したが、確かに木が切られ耕作地になっている山々の風景が広がっていた。

一方そのあと訪れた「ドイチャンコーヒー」はフェアトレードを超えたフェアトレードを唱える、カナダの事業家たちによるコーヒー工場があった。

フェアトレードのマークもあり

シェイド・グロウンといって木陰で作るコーヒー、つまり森の中で作られる。ドイチャンコーヒーの農家は1000本以上の植林をしているという。フェアトレードの認証マークの他7つのマークが工場の壁に大きく表示されていた。

ドイチャンコーヒー

アカ族やカレン族の人々がこの会社の理念『貧困のサイクルをなくす・教育と健康管理を促進する・文化的アイデンティティと誇りを奨励する・平等を保障する・経済的持続可能性を達成する他』のもと今の時代にあった暮らし方が始まっている、フェアトレードの理念がタイ北部の地で始まっていることを知り嬉しかった。

■「Beyond Fair Trade」

 

アヘン生産への依存から脱却し、子供たちのために安定した未来を築くためにカナダ人の著名なビジネスマンJohn Darchが起業家Wicha Promyongと出会った2006年彼らの会議の結果、フェアトレードを超えた平等なパートナーシップのビジネスベンチャー、Doi Chaang Coffee Companyが設立されました。フェアトレードを超えてこのユニークなパートナーシップの成長、その成功と課題、そしてその背後にある人々の物語が「Beyond Fair Trade」という書籍に書いてあるそうです。現在日本語訳はなし。

名古屋にもどって、思うことは、まず手仕事の大切さを知ってもらうためのワークショップ開催(ヤオ族の刺繍にチャレンジ)。私たちが失い、また大切な先住の民たちの文化が失われつつある手仕事、立ち止まって考える機会にしたいと思っています。

      【3月企画のお知らせ】

3月23日(土)AM10時半~タイ山岳民族ヤオ族の刺繍にTRYワークショップ開催

会費:800円(コースターつくります)

3月24日(日)AM10時半~タイスタディツアー報告会(無料)

同時開催:3月21日~27日まで「アジアの布展&タイ山岳民族の手仕事展示と販売」

BTFの草木染め・手織り・ヤオ族の手刺繍のポーチ・バッグなど販売します。

60歳のヤオ族のお母さん9人子ども有り

一年がかりのヤオ族刺繍の作品

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ゆっころんの、いままで訪れた国ちょっと整理してみました。10ヶ国以上

1=1996年3月インド(ピープルツリー)

2=1997年12月 バングラデシュ(シャプラニール)

3=2001年12月 ペルー(第三世界ショップ)

4=2003年8月 ネパール(ネパリバザーロ)

5=      ペルー(FTショップの人と二人で)

6=2007年 メキシコ・トセパン組合(ウィンドファーム)

7=2008年5月 ピースボートで世界一周(北周り)フェアトレードが特に関係なし

8=2010年  ラオス(SVA)

9=2012年2月 インドネシア(AWEP)

10=2012年4月 バングラデシュ(ピープルツリー)

11=2012年11月 ブータン(ナマケモノ倶楽部)

12=2013年9月 タンザニア・ルカニ村(京大 辻村英之)

13=2014年3月 ネパール(AWEP)

14=2014年7月 インドネシア・フローレス島(第三世界ショップ)

15=2015年11月 ピースボートで世界一周(南周り)マダガスカル・ナミビア・ウルグアイ(フェアトレード関係の国)

16=2017年3月 韓国のi-coopで土井ゆきこ講演・フェアトレード団体と交流

17=2019年2月 AWEP(アジア女性自立プロジェクト)*の「タイ・チェンライ・バーン・トーファン(夢を織る家)を訪ねる旅2019」のスタディツアーに2月4日~7日まで参加。AWEPのスタディツアー参加は3回目。

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■フェアトレード・ショップ風”s 正文館店(ふ~ず しょうぶんかんてん)

〒461-0015 名古屋市東区東片端町49 正文館書店本店2F

052-932-7373 T&F(月休み、12~18時営業)

HP : http://huzu.jp/

■名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会(なふたうん)

HP:   http://www.nagoya-fairtrade.net/

090-8566-2638  huzu■huzu.jp 【■は@)  土井ゆきこ

フェアトレード・ショップ風”s(ふ~ず)正文館店 土井ゆきこ

 

 

世界一貧しい大統領、南米のウルグアイのホセ・ムヒカさん

4月9日の中日新聞の「中日春秋」に載っていた、

世界一貧しい大統領の愛車をアラブの富豪から驚くべき値で譲ってほしいとの申し出があったそうだ。

南米ウルグアイの大統領のホセ・ムヒカ(79)さんは、公邸には住まず、報酬のほとんどを福祉のために寄付し、郊外の質素な家で妻と2人暮らし。

2012年にムヒカさんが国連の「持続可能な開発会議」で行った演説が、その人生哲学を如実に示している。

「貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、かぎりなく多くを必要とし、もっともっとほしがることである」 こんないにしえの賢人の言葉を引きつつ、彼は訴えた。

水不足や環境の悪化が、いまある危機の原因ではないのです。ほんとうの原因は、わたしたちがめざめしてきた幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方なのです。」 (『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』汐文社)

ムヒカさんは結局、「車を買う時に、お金を出し合ってくれた友人たちを 裏切りたくないから」と愛車を売らなかった。いきている限り、傍らに置いておくそうだ。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::以上一部紹介

幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方でそれを見つめるためのきっかけ作りがフェアトレードと私は考えています。

今年の1月10日にモンテビデオの首都ウルグアイを訪ねているので、世界一貧しい大統領の話を聞いたことを思いだしました。 訪問先はNGO[セプローディ」、貧しい女性達を職業訓練などをして自立をサポートしている団体です。

セプローディでの、バッグの製造を説明するアドリアナさん

セプローディでの、バッグの製造を説明するアドリアナさん

マラカスにするひょうたんにペンティングをするワークショップをしたり、「セプローディ」の事務所での本場タンゴのダンスを見せてもらったりして交流してきました。
IMG_2287タンゴ

尋ねたのは1月だったので、市民はビーチへ夏休みで行っているということでした。

「2月のカーニバルは世界一長いことで有名。 人口の12%は貧しい国。政権は左翼が続いていて、世界のなかでも民主的なことで知られている。 都心部では貧困はみられない。300万人はモンテビデオに暮らしている。先住民のいない国。スペインやイタリアからの移民が多い。」ということでした。

インドネシアのフローレス島に行き、カカオの生産者さんたちと交流。8月2日

2月14日中日春秋50-50

テオブロマ・カカオ。ちょこれーとの原料カカオの学名だ。テオブロマとは、「神々の食べ物」の意。……….そんなチョコは買って本当に神聖な食べ物だった。原産地の中南米で栄えた文明では、豊作を祈るため、神に捕虜を生け贄として捧げれば、その心臓がカカオの実になると信じられていた。

カカオは通貨の役割も果たし、豆100個が奴隷一人に値した。あまりに貴重名ため、収穫にあたる農民ですら手をだせなかったそうだ。……2月14日中日春秋より

インドネシアは、コートジボアール・ガーナに次ぐ世界第3位のカカオの生産地。

今回は、第3世界ショップの現地集合のツアーに参加、カカオの生産者さんたちと交流してきました。

::::::::::::::::::::::::::::::: 報告書 :::::::::::::::::::::::::::::::

カカオ生産とイカット織りのフローレス島

名古屋 フェアトレード・ショップ風“s 土井ゆきこ

7月31日~8月6日まで、インドネシアのフローレス島を尋ねました。

カカオの生産者さんに会いたかった。

カカオの木に実がなるのを実際に見たかった。

カカオの生産の過程を見たかった。

イカット織りの現場を見たかった。

そして、第3世界ショップの国境を越えて共に地域づくりに参加するフェアトレードに興味を持ち参加しました。

深夜着や現地集合の不安があり、友人を誘っての参加。名古屋の中部国際空港へ着いた時はほっとしました。本当に友達と一緒でこころ強かったです。フローレス島に着くまでにも、帰途の広州乗り換えの時も、飛行機が定時に飛ばず、出発するまでの待ち時間がそれぞれに4時間前後あり、何が起きたのかわからないような状態で、ただ待つだけのことが2度ありました。

062お迎え15s1

8月2日のフローレス島のカカオの生産者さんたちとの交流では、イカット織りのスカートを身にまとった女性達が出迎えてくださり、その姿にわくわくしました。頭にバンダナのようなものを巻いた男性が、ココナッツの実に水を入れ、その水を葉っぱで訪問者に振りかける伝統的な儀式による出迎えも受けました。

出迎えてくださったのはエドゥ(男性)さんのグループと女性団体マザース・ラヴの 30人、そしてお揃いの服(制服かしら?)を来た子どもたちの歌声。とても素晴らしい声でした。環境がいいと、声もよくなるのかしらと思うほどでした。

地区の代表の人の挨拶に続き、エドゥさんによる、「カカオの樹の学名はギリシャ語で“神の贈り物”という意味を持ち、 1688年にマダガスカルのファーザ・ボレンの手によりこの地に着いた。」という説明に始まり、最近の環境の変化を聞いたところ、「環境の変化で害虫の被害も多い。温度は30度が上限だったが、37度までいき、冬は雪が降った。気温の変化による健康被害もあった。」というお話を聞きました。世界各地で地球環境の変化があるのだと思いました。

交流タイムでは、カカオを使ったサーターアンダーギー(揚げ菓子)を一緒につくり、その材料を併せた小麦粉を寝かす時間を、「踊りましょう!」と呼びかけ、みなさんとダンスに興じました。言葉は通じなくても、踊れば笑顔がはじけ、心も通じます。手をつないで輪になって踊った、その体験はず~っと心に生き続きます。

女性達のヘアースタイルも型があり、アップに結い上げドーナッツのような毛束が乗っているスタイルです。私も民族衣装を着せてもらい、両手に腕輪をいっぱいして、ヘアースタイルもアップに結いあげてもらう素敵な体験もしました。

寝かせた小麦粉を丸めて揚げ、美味しいカカオのサーターアンダーギーを頂いたあとは、家の周りにあるカカオの木をみて、これもわくわく! 小さい白い花もみつけ、ニヤッ。「来た。やっと来た。」という感じでカメラに納めました。1日だけの交流だったので、カカオの実を採集したり、発酵するところなど、カカオの実の乾燥までの手順を見ることはできませんでしたが、カカオの木の中に入り込んだ体験は貴重でした。

もう一日、カカオの実の採集や発酵や乾燥などの流れがわかる体験や、カカオ屋台での販売などの現場も見ることができたらいいなと思いました。

フローレス島滞在3日目の朝訪問した市場は、氷などなくても新鮮なカツオやマグロがならび、活気あふれる地元の様子もみることができました。

滞在したホテルでは毎朝、日の出前から海岸に行き、消えゆく星、明け行く空、登る太陽を楽しみました。

4日目の小学校訪問では、日本からのお習字の授業も見たかったのですが、折り鶴をみんなに教えながら各教室を回り、熱烈な歓迎を受けました。最後のサイン攻めは楽しい思い出です。子どもたちも「日本」を意識してくれることでしょう。人と人の交流の良さですね。

こんな時間を作って下さった奥谷京子さん、ヤコブさんありがとうございました。スージーさんはじめ現地の人々、参加者の皆さまにもお世話になりました!

アフリカ タンザニア キリマンジャロ麓のルカニ村へ行ってきました。9月12~22日

タンザニア ルカニ村から見たキリマンジャロ山

タンザニア ルカニ村から見たキリマンジャロ山

2013年9月21日 Emirates機中にて

2013年9月22日14時15分、やっとここまで戻ってきたという感じ。あと3時間。お陰様で無事アフリカの地、タンザニア、首都ダルエスサラームから車で、12時間のキリマンジャロ麓の村を尋ねることが出来ました。

今回は、首都でフェアトレードの店に行くことも出来ました。マサラ族のビーズ製品がかわいいです。

コーヒー生産地のルカニ村での報告は順次ブログと一緒にお知らせする予定です。
今回のツアーは待ち時間含め、往復で4~5日間かかるようなはるかな地への旅でしたが、ルカニ村滞在中の4日間は、スローな時間でした。
スワヒリ語も少し覚え村人と挨拶もでき、キリマンジャロの頂も、はじめの2日間、夕刻にはクッキリ見ることができました。4日いても見ることが出来ない人もいたようです。

ルカニ村最後の朝は、6時集合でキリマンジャロの見える小学校の芝生広場に行き、キリマンジャロコーヒーを飲もうという企画を今回の参加者(学生6名含む8名)がしました。広場に着いた時は、薄っすら稜線は見えましたが、あっという間に霧の中。それでも熱いポットのお湯でキリマンジャロコーヒーをいれてみんなで飲みました。村人はコーヒーを飲む習慣はないようです。

1杯のコーヒーがいかに手間や時間をかけて届けられるかを実感して来ました。美味しいコーヒーを飲めるように、またフェアトレードのコーヒーにより、生産者の人達が安心して暮らせ、地球環境も守ること出来ることを伝えて行きたい。

古くて新しい1杯のコーヒーの物語を伝えて行きたい。 アサンテサーナ!

224コーヒーとり村の女性10s

ブ-タン東部GNHツア-2012・冬 11月18日~26日参加

辻信一、ペマ・ギャルポと訪ねるエコ・スピリチュアルツア-に参加してきました。

ブ-タン東部GNHツア-2012・冬s

11月26日、ブータンから戻りました。
今回の旅行は、南米エクアドルの先住民族に伝わる「私のできること」の話を日本に紹介した辻信一さんのツアーです。

東ブータンのチモン村を訪ねるこの旅は、タイからインドへ入り、インドから車で国境を超えブータンに入りました。おそらくこのルートでブータンに入った旅人は、しかもチモン村に行くツア-団体の旅人は初めてです。
チモン村の女の子s

チモン村は、今回のツアーの案内人ペマ・ギャルポさんの生まれ故郷で、山々に囲まれた盆地のような所です。

辻信一、土井ゆきこ、ペマ・ギャルポ

辻信一、土井ゆきこ、ペマ・ギャルポ

国境近くで、一晩泊まり、翌日バスに一行14人は昼食後、ペマ・ガッツェル県へ、車で5時間。国境を超えて遥か向こうに見える山並みに向かって走り、山に入りドンドンドンドンドンドンといくつも山の中を走った。初めは太陽が暑かった。だんだん日傾き、山の端に太陽が沈むとくっきりと稜線がオレンジ色に染まった。

歓迎1s

村人達が10数人道端でゴザをひいて待っていた。お供えなどもあり、コップを渡され、トウモロコシのお酒を注がれ、紅白の茹卵を差し出されるおもてなしを受けました。
この村人たちは、チモン村を訪ねる私たちの事を聞いて歓迎してくれたのです。

この歓迎の前の30分くらいは、道が木や石でふさがっていてブルトーザーが取り除くのを待っていて、出発したら村人達が待っていた。同じように 待っていてくれたのです。いつ来るのかわからない
ような私たちを待っていてくれたのです。

しばらく車で走ると、やっとチモン村の神社までたどり着きました。また村人達の歓迎を受けました。同じようにお酒と卵とミカンとバナナで。

さて、その神社の下に見えるのがチモン村。荷物は村人に運んでもらいながら30分ほど下って行くと、また30人近くの人がでむかえてくれました。ペマのお兄さんも先頭にいました。ブータンの民族衣装を着た人たちです。ここでもゴザをひいて、お供えや花が飾ってあり、またお酒や、卵、ミカン、バナナなど振る舞われました。

歓迎3s

ここが私たちの行く手のチモンの人々と思ったら、また途中の村人達で、さらに歩いて目的の村人に着きました。当然歓迎があります。お酒と卵とミカンとバナナとピ-ナッツ。

旅人を迎えると御利益があるという話も聞きましたが、村人総出での歓迎、準備からいつ来るとも知れぬ私達旅人を待ってまってくれたのです。

こんな感じで、出発から3日目の夕方に電気のない山里の村チモン村にたどり着き、2日間泊めて頂きました。
生活の原点を見ました。人々のつながりの原点を見たように思います。
また、今回の旅の大きな目的は、チモン村でオ-ガニックコットンの栽培を復活して、フェアートレードで現金収入をえることができないかというプロジェクトの始まりでもありました。

道ができ、私達も訪ねることができました。もうじき電気も来ます。村は市場経済に飲み込まれるでしょう。
自給自足で暮らしてきた村に、大きな波がやってきます。若者達が町に出て、過疎化するのが見えています。

その前に文化を、村の生活が存続するため、文化継承のために必要な現金収入が得られないかと考え、辻さんが今年3月オ-ガニック綿花栽培の提案をしたことから始まったプロジェクトです。
小さく、顔の見える関係でこれから進んでいくこのプロジェクトの始まりに出会えました。貴重な機会を得ることが出来ました。

お祭りには、民族衣装ででかけ楽しみました

お祭りには、民族衣装ででかけ楽しみました

また順次報告します。

AWEP スタディ-ツア-報告書より

2月21日~29日まで 
フェアトレード生産者を訪ねて―糸紡ぎとバティック体験の旅AWEPのスタディツア-に参加してきました。
バティック(Batikジャワ語)は、インドネシア・マレーシアのろうけつ染め布地の特産品。特にジャワ島のものが有名なため、「ジャワ更紗」と呼ばれることもあります。インドネシアのバティックは、ユネスコの世界無形文化遺産に認定されたそうです。
そのろうけつ染めの現場を見ることができました。インドネシアのデンパサール空港から1時間15分、ジョグジャカルタへ、さらに車で6時間くらいのところにある中部ジャワ北のパカロガン、ウマ-ルさんの工房KPTBのお宅でホ-ムステイして、農村でのバティック製作や糸つむぎなどの体験をしました。
ろうけつ染めs

溶かした蝋を細い管を通して模様を描いていきます。ぼとっと蝋がたれてしまったりして思うようには描けません。
白い部分を出すために、模様以外全体を蝋で塗り尽くす作業もありました。先ほどの繊細な模様を描く手前の技術の人はそのような作業をするとのこと。
いずれも、家の中で行われ、暑い気候の中で、蝋を溶かす熱い火もとの作業、また女性の中にはムスリムの特徴でもあるショールを頭からかぶり作業をしている女性もいました。

伝統的な手法が、プリントによる機械織りに押され、本物がすたれていく現実を前にして考えさせられる手仕事を見ました。

今回、3泊させてもらったウマ-ルさんは、アピクリを立ち上げたメンバーの一人です。いま息子さんと娘さんが手伝っています。息子さんの ワハブさんは、草木染めに挑戦。草木染めは手間がかかりますが、ろうけつ染めにおいては、さらに手間がかかります。蝋なので、煮出した中で染めることが出来ないからです。かなりの手間をかけたシル
クの藍のろうけつ染めを見させてもらいましたが、伝統的な柄とあいまって素敵なショールでした。もうじき届きます!

ワハブさんと2

手仕事を伝え、村の女性達の仕事を絶やさないように、スタディツア-の体験をみなさんに伝えて行きたいと思います。

今回の訪問予定のアピクリというフェアトレードの団体を尋ねることも大変楽しみでした。バリ島にも寄るということで魅力を感じていたスタディーツアーでした。代表のもりきさんとは、東京で、パネラーの一人として参加した時にご一緒したい、名古屋へみえたおりの講演にも参加しお会いしていました。今回の10日ほど一緒に行動し、交流させて頂いたことは、これからのAWEPといいとつながりができたと感謝しています。小売店の立場でAWEPさんと一緒にフェアトレードを広めて行きたいと思っています。

今回は、まとめ報告でしたが、順次日を追っての報告予定です。

名古屋 フェアトレード・ショップ 風“s 土井ゆきこ